アインクラッド 後編
圏内事件
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目の前に、真っ黒の壁が座っている。
真冬の夜のように、冷たくて黒い壁だ。その表面に、左右数十メートルにわたって等間隔でアルファベットの名前が羅列されている。そのうちの幾つかには上から一本の線が引かれ、もうこの世に存在しないことを無機質に告げていた。
昼のこの場所は親しい人の死を突きつけられた人々で溢れているものだが、夜も遅いせいか、今は誰もいなかった。そのせいで、靴底が足元の鉄板を叩く音が広間中に反響してやたらと耳につく。
マサキたちは《生命の碑》の前に立つと、グリムロック、そしてカインズの名を探した。二つの名前は程なくして見つかり、見ると、グリムロックは生存、カインズはサクラの月二十二日、十八時二十七分に死亡とあった。
「……日付も時刻も間違いないわ。今日の夕方、わたしたちがレストランから出た直後よ」
目を伏せてアスナが呟く。それを頭に入れたマサキは、一人輪を抜け出して《T》の列の前に立つ。もう、何度も立った位置だ。目を瞑っていたってここには来られるだろう。
マサキはある二つの名前の間に視線を向ける。本来ならばそこにあったはずの一つの名前は、あの日持ち主の存在と共に消え去ってからそのままだった。そこに指を走らせると、墓石のように磨かれた黒い石碑は、まるで彼など最初から存在していなかったのだと言わんばかりに、冷たくつるりとした感触を指先に伝えてきた。石の冷たさが指に染み入る度に、指と石との境目が曖昧になっていくような感覚。同時に、マサキの思考も、石の中に吸い込まれていくかのよう。合わせるべき焦点を見失った視界がぼんやりと霞み、代わりにポリゴンが散り行く様と、不快なサウンドエフェクトとが頭を巡る。指先の感触は、蒼風の柄と同じだった。
「……マサキ君?」
遠慮気味に掛けられたソプラノの声に、マサキの意識は引き戻された。ピントが元に戻り、世界がクリアになる。
一つ、息を吐く。石に押し付けたままの指先は氷のように冷たくなっていたものの、感覚は石壁のものに戻っていた。
「……今行く」
いつも通り事務的なトーンで答え、マサキは踵を返す。石碑から目を離す直前、表面に映る青みがかったかがり火が、人魂のように揺らめいていた。
その後、主だった用事は全て済ませ、翌日の集合時刻を確認して本日は解散となった。各々が転移門を潜り抜けて――キリトとアスナの二人は、珍しく親しげに口を交わしていたが――いく中、マサキは門を離れ南東に歩いた。
短調のメロディを聞き流しマサキが向かったのは、街南東のゲートだった。ゲート前の広場から城の外へせり出しているテラスも、その外縁に設置された鉄柵も、ゲーム初日から少しだって変わっていない。チラリと周囲に視線を配ると、見回りをする《軍》の連中が目に入ったが、あらか
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