第2章 夜霧のラプソディ 2022/11
誰かの記憶:深い霧の中で
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た。
あまりにも死との距離が近い、それまで日本という国に暮らしている中ではまず感じる事のない恐怖が、私に宿屋の一室から出るという行為さえも躊躇わせた。この時の私たちは、まさしく虜囚と呼ぶに相応しかっただろう。
しかし、如何に仮想の身体とはいえ空腹に耐えることはできず、一週間という籠城期間を経て、代表して私が街に買出しに出向くこととなったのだが、お世辞にも方向感覚が良いとは言えない私にとっては少々荷が重いお使いだったと記憶している。三人からは詳細な注文を受けたわけではないが、少しでも気が晴れればと、可能な限り美味しそうな食べ物を求めて店舗を転々としている時だった。
『そこの角曲がったところに、メチャクチャうめぇピザ屋があるぜ。オレのオススメだ』
『ひぃッ!?』
突然の、しかも男性の声に竦みあがり妙な悲鳴を大音量で上げてしまった。少しして顔が熱くなるのを感じながら振り向くと、そこにいたのは曲刀を腰に下げた赤髪のバンダナ男だった。目つきは鋭く、いかにも野武士か山賊といった風情だが、放つ空気は刺々しさを感じない。
『………あー、驚かしちまったか?なんかわりぃな』
『い、いえ……私こそ、すみません………でした………』
バツが悪そうに顎の髭を指先で掻きながら男が謝罪する。しかし、親切心でオススメのお店を教えてもらっていながら、そのお返しに悲鳴で応えるというのも不躾極まる。慣れない男性との会話を極力意識してしまわないよう肝に銘じながら、我ながらぎこちない動作でお辞儀を返したものだ。
それと、どうしてそう思ったのかは知らないが、彼ともう少しだけ話をしてみたいという衝動が込み上げてくるのを覚えた。それから、道案内という名目でオススメというお店にまで同行してもらい、近くの広場で語り合ったのを覚えている。時には彼の話を聞き、時には私の胸中を語り、まだ出会って間もない私の言葉に、彼は真摯に向き合ってくれた。
『そうか。おめぇも苦労してんだな』
『いえ、私なんて………でも、貴方は怖くないんですか? ………圏外に出れば、もしかしたら………』
『死ぬかも知れねぇよな』
言葉にするのを憚られた一文を、彼は少しばかり悩む程度の語調で口にする。
『でもよ、オレのフレなんかもっと先で、ずっと命懸けて戦ってんだ。追いつける自信はねぇけど、なんて言うか、アイツの背負ってる荷物を少しでも軽くしてやりてぇんだよな。オレとしてはよ』
まだ先は長そうだけどな、と男性は苦笑を漏らした。だが、彼の語った言葉は決して恥を感じる必要のないものだ。とてもまっすぐで、強い。そんな彼の言葉が幾度も私の中で繰り返されて、私も無意識のうちに言葉が零れてしまう。
『戦う………』
『まぁ、深く考えることねぇよ。
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