意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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「お花!」
ペシュミンは両腕を広げ、振り回しながら踊り、駆け、飛び跳ねた。
「お花がいっぱいだよ! ねえ、ママの分もあるよ! パパの分もある! 見て。神官長様や、ミハルや、おじさんの分もあるよ!」
蜂は、ペシュミンの顔の近くを飛んでついて来る。
「ねえ、こんだけ沢山あったら、神様もお願い事聞いてくれるよね? 死ななくてもいいんだよね?」
ペシュミンはしゃがみこみ、右手で野花を摘んで、左手に握りしめる。握りしめた端から花は消えていく。摘んでも摘んでも消えていく。
頬に光るのは涙ではない。悲しみ、絶望するほどの、生きる事に対する答えをまだ、ペシュミンは何も知らないから、涙であるとは思えなかった。
「蜂さん、蜂さん」
ペシュミンは立ち上がった。笑顔で踊る。くるくる回る。頬に雫を光らせて。
「ね、蜂さん。どうして人は生まれるの? 死ぬ為に、生まれるの? 苦しむ為に、生まれるの?」
ペシュミンの笑う口の横を伝い、光が痩せた顎に達し、野に落ちた。
「どうして私は生まれたの? 泣く為に、生まれてきたの? 殺される為に生まれたの?」
「罰を受ける為だ」
蜂は思いのほか明瞭な声で答えた。
「罰? 何の? 存在する事の罰だとでも?」
「自ら命を絶った罰だ」
「自ら命を? してないわ、そんな事。するわけないじゃない」
「今なら思い出せるはずだ。君が自らの命に犯した罪を。君はかつて水相で侍祭の子として生まれた。君は生きる意味を探し求め、見出せず絶望した。知っていただろう。生きる事を放棄した者は輪廻転生からの解脱叶わず、再度生き直さなければならない」
「それは水相での話でしょ? ここは収相よ。私、あのシケた、臭い、馬鹿げた、しみったれた世界からは、とっくの昔におさらばした筈よ」
「ここは水相だ」
蜂の言葉が相を、ペシュミンの――ウラルタの世界の認識領域を広げ、しかる後すり替えた。
丘は消えた。消えて、苔と黴が生えた木の道になった。
草のさざめきは消えた。消えて、陸のない世界を漂流する町の頼りない軋みになった。
花の香りは消えた。消えて、噎せ返るほどの潮と水死者の腐臭になった。
ウラルタは迫り来る夜に怯えて漂流する。命を、肉体を、意識を。
果てしない夕闇の中を。
「嫌だ!」
ウラルタは頭を抱え、跪いて叫んだ。かつて祖父が蘇り歩いて来た道で、絶えず緑の波が洗う、その腐った道の端で、ウラルタは絶叫した。
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」
「思い出したようだな」
「見たくない! 消してよ!」
幼い子供のように頭を左右に振る。
「私、水相は嫌なの! 嫌いなのよ!」
涙で濡れた顔を上げる。蜂はまだ近くにいた。
「こんな世界大っ嫌い――ねえ、あなたはこんな場所で、未来もない、希望もない、ただ滅び損ねただ
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