意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
―6―
[3/7]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
死を。
後ろから襟首を掴まれた。
「走れ!」
ミューモットだった。ラプサーラは己を取り巻く状況のただ中へと意識を連れ戻された。真後ろに立つミューモット。その肩越しに新シュトラトの市壁が見える。セルセト兵に守られた、一本の道と小さな門。そこにカルプセスの市民が殺到し、横に広がり、セルセト兵達の統率が乱れ、ここぞとばかりにグロズナ兵が襲いかかり、恐慌状態の市民はグロズナ兵に殴りかかっては群の中に引きずり込む。何人かのグロズナ兵が人々の足許に消え、見えなくなった。
「ベリルが、ベリルが……」
あんな所には行けない。ラプサーラは口をぱくつかせた。この場所から離れては行けない。ベリルを置いて行くなど――助けもせず行くなど――。
「ミューモット! ベリルを助けて!」
ラプサーラはミューモットの上衣を掴んだ。
「助けて! 助けてよ! 何ぼうっと突っ立ってんのよ! 早く行ってあげて!」
「奴は死んだ!」
ミューモットはラプサーラを引きはがし、市壁がある方へ突き飛ばす。ラプサーラは転んだが、たちまち立ち上がり、掴みかかった。その俊敏さにミューモットはたじろいだ。
「ベリルを助けて!」
顔を真っ赤にし、歪めながら、ラプサーラは泣き叫ぶ。助けてよ!
叫びは長い悲鳴となった。それはラプサーラがくず折れ、髪を掻き毟り、地に伏すと途絶えた。
※
グロズナ達はついに、カルプセスの市庁舎を巡る堀に橋を架けた。そうなれば木兵たちがいかに矢を射かけたところで効果はなかった。風上では蜂達が嫌う種類の香草が焚かれ、煙の中でセルセト兵たちが殺されていった。ペニェフの老いた男たちが、先に殺された懐かしいグロズナの隣人達を追うように殺された。ペニェフの女たちが、どこに行ったかわからない、生きているかもわからない、そして多くは悪い予感の通りの末路を迎えた息子や恋人や夫や父や兄や弟たちの後を追うように殺された。
ペシュミンはその目で見たわけではない。見たい筈などなく、ナザエも、見せたいと思わなかった。
グロズナ達の攻撃が始まった時、戦いは今日で終わるとナザエは理解した。わかっていた事だ。
この引き延ばされた余生とは何だったのだろう。逃亡先にカルプセスを選択した時に。村に残るか出るかを皆で話し合い、頑なに村に留まる老人達を残して難民の身となった時に。いいや、それより前、故郷の村にグロズナの民兵達が来て、男達が連れて行かれた時に。それを言うならペニェフに生まれただけで、この時代、この地に生まれただけで、違う、ただ生まれた、それだけで、死は決定づけられていたのに。
何故生まれたのだろう。何故生きたのだろう。
何故生んだのだろう。何故生かしたいのだろう。
「ペシュミン」
ナザエはしゃがみこんで娘を抱いた。市庁舎の最上階、左翼の賓客用の
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ