意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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。闇が濃く煮詰まってくると、身の毛もよだつ悲鳴が天幕から聞こえてきた。
魔術師に善人はいないと思えと、兄に言われた事がある。奴らはあまりに幼い内から特殊な環境に隔離され、偏った教育を受けるからと。つまらない偏見だと思った。実際、兄に魔術師の友人を紹介された時には、肩透かしをくらった気分になった。だが、ベリルの思いもよらぬ残忍な表情を目にし、案外兄は正しかったのだと思い直した。
口に詰め物をされたのか、悲鳴はくぐもった声になった。聞かされるのは不快であった。星が天蓋を覆い、声は止んだ。叢で呆然と胡坐を組んでいたラプサーラは、自分の前に誰かが立ち、カンテラに照らされる顔は、デルレイとミューモットだった。
ついて来いと、デルレイが手で合図をした。
「星占をしてくれ」
人々から離れたところでデルレイが囁く。ラプサーラは星図を出し、半透明の世界図を重ねる。占星符を切った。
「何を見ればよいでしょう」
「ナエーズ全域の星の支配状況を。そして星占に付随する幻視の内容を教えてくれ」
ラプサーラは世界図上に並べた占星符を捲り、星図が示す神々の力の均衡に乱れがない事を確認する。
東座に位置するは根と伏流の神ルフマン。ラプサーラはルフマンに伺いを立てた。豊かに実る秋の麦の穂が、額の内に幻視された。水は富み土は豊か。農作に励むのならば、今年の豊作は間違いない。励むのならば。それだけだった。ルフマンはそれ以上を教えない。何故ならペニェフとグロズナの戦争に関与しないから。
西座に位置するは狩人の神リデル。ラプサーラはリデルに伺いを立てた。恵みに満ちた森、肥え太る動物たちの姿が幻視された。欲望から森を破壊したり、獲物を独占したり、狩りすぎる事さえなければ、恵みは確実に得られるとの事だった。リデルはそれ以上を教えない。何故ならペニェフとグロズナの戦争に関与しないから。
南座におわすは車輪の神アネー。ラプサーラは幻視する。ある者は古き階層から、ある者は別の相から、様々に姿を変えて己が因果をぐるぐる廻り、今生この相に来る。鹿、石、土くれ、草、穀物、麻、イノシシ、多くの魂がこの相にあっては人間の姿となり――町を追われ、死の山を彷徨い――そして、もういない。実に多くの魂が、既に収相から失われた。
「あの峠の手前ではぐれた人達はもう生きておりません。グロズナ側から人質交換を持ちかけられても、それは偽りです。応じる必要はございません」
震える声で告げた。
北座を占めるは猫神ミドアフ。もたらされる幻視の中で、ラプサーラは都市を俯瞰する。燃える都市。大きな大きな猫が、都市を見下ろしている。人々は身を焼かれ、黒い塵になり、空に舞い上がる。人々は巨大な猫に祈っている。助けてください。助けてください。けれど猫は何もしない。猫は興味深く見るだけ。
「消えていきます
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