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Lirica(リリカ)
意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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なかった。空腹と、喉と体の痛みだけが本当だった。そして、すぐ近くを大人たちが走り回る気配。
「起きなさい、ペシュミン」
 ナザエに体を抱かれ、揺さぶられているのを感じた。
「ママ?」
 何もわからなかった。ただならぬ事が起きているとだけわかった。夜の中、闇に目が慣れるのも待たず、立たされ、手を引かれるままに歩き出した。
「ママ」
 窓の前を通る時、ナザエの横顔が見えた。周囲の女や老人たちの顔も見えた。前だけを見ている。誰も何も持っていない。皆身一つで神殿の廊下の奥に向かって行く。
 一階に下りると外の喧騒が礼拝室まで聞こえてきた。
「早くしろ! 走れ!」
 老人が喚いている。
「グロズナが攻めて来るぞ!」
 背後から押されるような圧力を感じ、ナザエが手を握り直す。前の人が走り出した。つられてナザエとペシュミンも走り出す。
 逃げるんだ、と理解したペシュミンは、一つの思いに胸を貫かれる。
 ミハルにもこの事を伝えないと!
 ナザエは前の人に続いて走るのに夢中で、自分への注意がおろそかになっている。ペシュミンはそろりと手を放し、人ごみから外れ、街の闇に紛れた。
「ミハル!」
 明かりのない大通りを、うっすら見える建物やモニュメントの輪郭を頼りに遡り、戦勝広場にほど近いミハルとルドガンの家にたどり着いた。
「ミハル―! 一緒に逃げよう!」
 鍵は開いていない。飛びこんだペシュミンは、いきなり何かに躓いた。
「ミハル?」
 転んだ拍子に膝をすりむき、泣き出しそうになるが耐える。
「ミハル! 私だよ! ペシュミンだよ!」
 足許には布や本や壺や、様々な物が散乱している。台所に向かった。そこも酷く荒れていた。
「ミハル、ミハル!」
 裏庭に出た。約束の場所、猟犬ノエの墓の前に、ミハルはいなかった。
「ミハル、出てきて! 一緒に逃げなきゃ駄目だよ!」
 背後から不意に抱き上げられ、肩に担がれる。
「このチビめ!」
 放して、とペシュミンは叫ぶ。そしてなお声を張り上げた。
「ミハル! ミハル! 放してよ、ねえ、お兄ちゃん」
「駄目だ、もうここには誰もいねぇ!」
「いるもん! ミハルがいるもん!」
 兵士ロロノイは足許に散乱する家具を跨ぎ越し、家から出た。
「ミハルはね、男の子なんだよ! 一緒に逃げなきゃ駄目なんだよ!」
 ロロノイが立ち止まる。ペシュミンはロロノイの体の緊張を感じた。ロロノイは私情を殺し、守るべきペニェフの子供を抱え走った。
「ミハルー! ミハル、どこに行ったの!」
 ペシュミンは叫び続けた。
「お兄ちゃん、ねえ、ミハルって子がいるんだよ、あの家にいるんだよ!」
「あそこにはもういないんだ」
 ロロノイはペシュミンの顔を見ぬよう、見つけた木兵に彼女を託した。木兵はペシュミンを抱き、
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