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Lirica(リリカ)
意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
―4―
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は愚かではない。
 黙祷を終え、神官達が頭を上げる。
 神官長は微笑み、穏やかな口調で言った。
「では、戻りましょう」
 祈る事は必要だ。祈りは心を静かにさせる。静まり返った心の神官達を背後に連れて歩いていると、前方からぱたぱたと小さな足音が聞こえてきた。目を細めると、難民の少女ペシュミンの姿が見て取れた。ペシュミンはあっちの路傍に蹲り、こっちの路傍に蹲り、何かを探しているようだ。ルロブジャンは歩み寄る。
「落し物かな?」
 声をかけると、少女は腕を広げて駆け寄ってきた。ルロブジャンは腰を屈めて抱きとめた。
「どうしたんだい?」
「神官長さま」
「ん?」
「お花がないの」
 ペシュミンは泣きそうな声で言った。ルロブジャンは彼女の小さな体を、汗と垢の臭いごと抱き上げながら、ペシュミンが血まみれで帰ってきた夜の事を回想した。あの夜、誰かが神殿の扉を叩き、人々が静まり返った。木兵が扉を開けると、ペシュミンが立っていた。獣の毛と土と血に覆われて。
 ナザエが人ごみをかき分けて現れ、ペシュミンを抱きしめた。そして、乾いた音で頬を一度打ち、また抱きしめた。ペシュミンは声を上げ、ナザエは声を出さず泣いた。
 あのグロズナの子をどこかに匿ったのだろうとルロブジャンは察した。ナザエはあのグロズナの子供の存在を、セルセト兵に告げようとしていたのだから。だがそんな事をペシュミンが察したとは思えない。何故、ペシュミンはあの子を神殿から連れ出したのだろう。子供ならではの短絡か、あるいは、天性の勘の良さか。
 向こうからセルセト兵が歩いてくる。ペシュミンが唾をのんだ。
「お兄ちゃん!」
 泣きそうだった子供がもう笑顔だ。ルロブジャンはペシュミンを地面に下ろした。
「おお! また出歩いてたのか、どうしようもないチビめ」
 その兵士は度々遺体を運んでくるので、ルロブジャンも彼の名がロロノイである事を知っていた。
「お花探してたの!」
 子供らしい高い声で言いながら、ペシュミンはロロノイにまとわりつく。
「花ぁ? 確かにねえな。誰も管理しなくなっちまったもんな」
 路傍の花壇はここ数日の内にみな枯れ果て、雑草ばかり逞しく茂っている。
 遠くで鬨の声が上がった。ロロノイがペシュミンから目を逸らした。
「ねえ、お兄ちゃん、あの声なぁに? みんなで何やってるの?」
「ああ――あれはな――」
 ロロノイは笑みを浮かべた。無理のある笑みだ。
「遊んでんだよ、ほら、あれだ。石蹴り! 兄ちゃんたちみんな元気だからな! お前もやった事あるだろ?」
「うん!」
 ルロブジャンは居たたまれない気持ちに耐えた。
 戦死したセルセト兵と同じ数だけ、市門の上で、磔にされたグロズナの民間人が殺されているのだ。男も、女も、子供も。
 セルセト兵を、ロロノイを、
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