意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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に跪く。それでも一部の伏兵が水の気の壁の破れ目から、セルセト兵やペニェフの民間人達に襲い掛かった。
もっと広く! 奴らを包みこめるように!
ベリルは水の壁の拡張に意識を集中した。
魔力が流れこみ、体が悲鳴を上げる。筋肉が千切れ、皮膚が伸び、関節が外れ、骨がばらばらに砕け散るような、酷い痛みだった。
そして陥る、無音無明。
どれほど長くその無我の状態にいたのかわからない。耳もとで激しく呼びかけられ、肩を揺さぶられるのを感じた。体に熱い物が流れて来る。葡萄酒だ。自我が戻ってくる。ベリルは喉の動きと口に押しつけられた革袋の感触を頼りに五感の回復に努めた。
「やべぇ……」
目を開けるが視界は薄暗く、誰に肩を支えられているのかわからない。
「人格が飛ぶところだったぜ」
何度も瞬き、指で土をなぞり、ようやく聴力も回復してきた所に、耳許でデルレイに怒鳴られる。
「馬鹿者!」
その声で、ベリルは完全に目を覚ました。
ラプサーラは夏の丘陵に、のどかな、草薫る、緑の丘陵に、長く座りこんだままでいた。
「あの」
列の前にいた兵士が、寄ってきて声をかける。
「集合しなきゃならないっす。それとあと、水が配られますから――」
ラプサーラは動かなかった。占星符が入った小さな荷袋を抱え、まんじりともしなかった。
「あの――」
「連れて来てあげればよかった」
兵士が近付くと、ラプサーラは小さな声で囁いた。
「ダンビュラさん――左手だけでも――連れて来てあげればよかった――」
ラプサーラは泣かない。泣かない事で自覚する。私は今日、取り返しがつかない何かを、人として大切な何かを、永遠に失ったのだ、と。
※
祈りの言葉が香の煙と共に空に吸い上げられていく。神官長ルロブジャンは広場に並ぶ棺の前で口を閉じた。神官たちが黙祷を捧げ、広場には棺にたかる蠅の羽音が響くのみとなった。
どの程度の物資と兵力がカルプセスに残っているのか、グロズナ軍は把握しかねているらしい。時々街を囲む壁を挟んで小競り合いが起きるほか、市民は危うい平穏の中にいた。
二千の木兵と、指揮官を失った状態で取り残された六十人足らずの兵は、よくカルプセスを守っていた。敵方に魔術師がいない事も幸いだ。それでも、広場の棺の数は日を追うごとに増えていく。
陥落は時間の問題であるように思われた。カルプセスに手を差し伸べる者があるとすれば、新シュトラトの駐留軍のほかない。だがそれは、カルプセスの窮状を訴える特務治安部隊が無事新シュトラトに到着してからだ。首尾よく彼らが新シュトラトに到着したとして、その地の為政者や指揮官が事なかれ主義の人物であれば、兵を動かさぬと考えられる。仮に兵が動いたとしても、それがカルプセスに到着するまで攻めあぐねているほどグロズナ軍
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