意味と狂人の伝説――収相におけるナエーズ――
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ロブジャンは、その敬虔さと人柄から、セルセト人や街に住むグロズナの人々からさえも尊敬を集めていた。彼の趣味は神殿の前の木陰に椅子を出し、地中の蟻の王国のしきたりや、星の航行、海洋の不可解な生物とその生態について思いを巡らす事であった。そうしながら、誰に対しても開け放たれた門扉をくぐり小道を歩いてくる人々と、挨拶を交わす時間が、彼の至福の時であった。
その日ルロブジャンは、木漏れ日を見つめるさ中、今日、大いなる運命が定まるのだと直観した。老境の神官長は目を見開き、背筋を正した。木漏れ日の揺れるリズムや、目に映る限りの蒼穹の果て、下草と風の囁きから、意味を読み取ろうとした。
何かが来る。
逃れがたい、大いなるものが。
ルロブジャンは信じた。
門扉を通り抜け、幼いペニェフの難民の少女が走ってきた。
「神官長さま!」
汗を振りまいて走るペシュミンは、木陰の椅子からルロブジャンが立ち上がるのを見た。体ごとぶつかっていくと、ルロブジャンは容姿からは想像もつかぬ力強さでペシュミンを受け止め、高々と抱き上げた。ペシュミンは高らかに笑った。ルロブジャンが髭に覆われた顔で頬ずりし、歓迎を示すと、子供はまだ笑いながら言った。
「神官長さま、今日はね、ママの分もお花を摘んで来たの!」
「うん?」
ルロブジャンはペシュミンを抱いたまま、優しく首を傾げた。
「どこにお花があるんだい?」
ペシュミンは手の中の花が消え失せている事に初めて気付いた。地面に下ろされ、困惑しながら小道の向こうに目を凝らしたが、通ってきた道には花びら一つ落ちていなかった。
「お花、落としちゃった」
ルロブジャンはペシュミンの小さな頭に手を置き、髪を撫でた。
「お母さんの分も、持ってくるつもりだったんだね」
ペシュミンは俯く。
「優しい子だ。その気持ちが一番大事なんだよ」
神殿の裏の自由市では、ペシュミンの母が手作りのアクセサリーを売っている。珊瑚や貝殻といった装飾品、そして僅かな花の種だけが、彼女の財産であった。そして娘。
神殿を出たペシュミンは、母ナザエの露店の前に客が立っているのを初めて見た。グロズナの男だった。高い鷲鼻と大きな体でわかる。ペシュミンは恐れながら、露店に近付いていった。
「赤珊瑚には思い入れがありましてね」
グロズナの男性客はにこやかに話していた。
「私の弟の嫁が初産の時、赤珊瑚が子供のお守りになるって言うんでね、村を出て買いに行ったわけです。その時私は初めて海を見たんですよ。その広い事、美しい事ときたらもう――」
「どうしたの?」
背後から呼びかけられ、ペシュミンは飛び上がった。ナザエとグロズナの男性客が、少し離れた木陰に立つペシュミンを振り向いた。ペシュミンは後ろを見た。グロズナの少年が立っていた。自分と同じく
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