王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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始めた。カルミナがもう一度顔を殴るが、止まらなかった。よほど恐ろしいものを見たに違いなかった。
二人は牢を出た。
「あの子供、これからどうするのです?」
「まずは徹底的に経歴を洗う。その後記憶が蘇るかどうか試し、次に素質の試験だ」
「それから?」
「あらゆる魔術と渉相術、そして殺しの技を叩きこんだ後、神が選んだ歌劇の『役者』に向けて放つ」
カルミナは廊下を歩きながら眉を顰めた。
「それが魔術総帥のお考えだ。王の荒野にもたらされた歌劇の力はその片鱗に過ぎない。歌劇の脅威を目の当たりにした今、世界が長らえる為に必要な事だと」
世界が長らえる。ニブレットはそれを皮肉な気持ちで聞いた。人間は、人間が全て死ねば世界は終わると思っている。だがそうではない。幾多の相に分かたれた世界、その上に、新たな階層が積もるだけだ。
監獄塔を出た。雪がとめどなく降っていた。
「して、私は王の荒野から手ぶらで帰還したわけだが」
ニブレットは肩を竦めて尋ねた。
「第一王女ブネの動向について何かご存知ではありませんか、連隊長」
「陛下から聞いていないのか」
カルミナは目を瞠り、視線を逸らして答えた。
「ブネ様は亡くなった」
「それはまた。なにゆえ」
「白の間で自害された。そのお姿を侍女アセリナが発見した。書状が遺されていてな、聖王陛下とレレナの神殿の神官長に偽りの託宣を伝えたと……罪の意識から逃れる為の自害だろう」
「では、私が探した件の男は存在しなかったというのか」
「さあな。どこまでが偽りだったかはわからん」
ニブレットは気持ちを燻らせながら、カルミナと歩いた。王の荒野で感じた、瑠璃の界と青い貴石の神聖で慈悲深い魔力。もしかしたら、ブネが言う男は本当に存在したのかもしれぬ。その男を手に入れたいと願い、連れてくるよう命じた。その為に託宣を偽った。そういう事もあるのではないか。
全ては憶測に過ぎない。
ニブレットはオリアナに、死後のブネの扱いについて尋ねた。王族とはいえ、偽りの託宣を告げるは万死に値する重罪。ブネの葬儀をあげる事は許されず、父である聖王ウオルカンの慈悲により王の荒野にひっそりと埋葬される事になったが、荒野が石化した今それも叶わず、今も白の間に横たえられているという。
ニブレットは幾日も、徒労感に身を任せてぼんやりと過ごした。侍女オリアナは、もはやニブレットの心が自分に向けられていないのを感じているようだった。
「お疲れのご様子ですね」
ある晩、オリアナは横たわるニブレットの裸体に香油を塗りながら、労りをこめて囁いた。
ああ、と、ニブレットは眠たげに返事をした。
「ああ。オリアナ。私は遠い所に行った」
「はい、ニブレット様」
「お前が思うよりもっと遠く、ずっと異質な所だ」
ニブレットは目を閉じ
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