王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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床に叩きつけた。鼻が曲がる感触があった。
コールセンターから顔を覗かせたスタッフが悲鳴を上げ、わらわらと人が出て来ては各々が驚愕し、また叫んだ。何人かは果敢にも女の腕を取り、内藤よし美から引き離そうとした。女は鬨の声に似た咆哮を放ち、ことごとくそれを振り払うと、またも組み敷く相手に危害を加え始めた。
「誰か男の人呼んできて!」
誰かが叫ぶが、そうするまでもなく、声を聞きつけた男性社員が二人、廊下の角から飛び出してきた。
「佐々木さん!」
その内一人が倉富芳樹だった。彼はコールセンターのスタッフを押しのけ、後ろから女を羽交い絞めにした。
「佐々木さん、どうしたの! 駄目、駄目!」
女は身を捩りながら、またも咆哮を放った。
「駄目だって、佐々木さん! 落ち着いて! お願いだから!」
女はついに腕ずくで立ち上がらされ、内藤よし美から引き離された。
「佐々木さん!」
「私は、そのような者ではない!」
女は叫んだ。そして、極度の興奮のあまり、そのまま失神した。
※
綾香はうすら寒い影の中を、腕をさすりながら歩いた。時折影が薄れ、自分や誰かの顔が見える時があった。
「鬱の他に、強迫性障害の症状も見られますね」
優しい顔で精神科医が言う。
「これは先ほどあなたが仰った、水や鍵などが気になって眠れない、仕事に集中できない、馬鹿馬鹿しいと思いながら何度も確認してしまう。こういった症状が当てはまります。次回からカウンセリングを開始しましょう。次はいつ来れそうですか?」
佐々木綾香が答えている。では、その佐々木綾香を観察している私は誰だ?
「暴行の件については、内藤さんと話し合って、社内で収める事になりました」
小会議室で北村かなえが喋っている。
「あなたのこれからの事なんだけどさ。一応、会社のルールとしては、退職者は少なくとも四十日前に申し出る事になっているけど、今回は事情が事情だし、今すぐ辞めてもらってもいいんだよ?」
答えている。はい。辞めます。ご迷惑をおかけしました。知らない人が喋っているようだ。答えているのは誰だ?
「あんな……ついこの間までは普通の子だと思ってたのに……」
実家のリビングで母親が呟いている。
「人様に暴力をふるって首になって戻って来たなんて……こんな事ご近所さんに知られたら、何て説明すればいいんだか……」
「綾香は気が弱ってたんだ。今は休ませるのが一番だと医者も言ってたんだろう」
「休ませるっていつまで! あんな寝たきりの状態でご飯も食べない。ベッドから起きられない。このまま引きこもりにでもなられたらどうする気?」
綾香は思わず耳を塞いだが、ドアノブが回され、寝室の戸が開く音が鮮明に聞こえた。綾香は目を開けた。耳を塞いではいなかった。夢だったのだ。
倉富芳樹
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