王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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し終えると、北村かなえが歩いて来て、
「少し休憩してきたら」
と、言った。
綾香はトイレに行き、蓋をした洋便器の上に座りこむと、打ちひしがれた気分で手で顔を覆った。寝不足が祟ってか、不覚にもそのまままどろんでしまった。
「マジきったねぇよなアイツ!」
トイレがにわかに活気づき、驚いて目を覚ます。腕時計を見ると、昼休憩の時間になっていた。
「てかさあ、具合悪いならさっさと帰ればいいのにね」
聞きなれた声が耳に飛びこんできた。内藤よし美だ。
「ほんとだよねぇ。うつさんといてほしいし」
相槌を打っているのは金田という古株のスタッフだ。
「佐々木のせいでさあ、あいつが対応予定だったクレーマーがこっちに回って来たし。ほんと最悪だわ」
「てゆうかあ、てゆうかあ」
やめて。やめてちょうだい。こんなに人のいっぱいいる所で大声で。綾香の心中の願い空しく二人は手を洗いながら大声で話し続ける。
「先週だったと思うけどさあ、あいつ朝来た時から超酒くさくてぇ――」
二人は話しながら廊下に出て行った。
人の波がトイレから引くのを、そのまま待った。二人の会話について、不思議と何とも思わなかった。涙も出ない。ただ、無気力だった。トイレから出ると、廊下の窓の向こうの神社で櫓が組まれていた。そういえば今週末に盆踊りが行われると聞いた。神社の拝殿には大きな提灯が飾られて、ちょっとした非日常感を醸し出している。
何となく、あの神社に行ってみたいと思った。窓から目を逸らした瞬間、ある思いが頭に浮かび、足を止めた。
『あれは私の神ではない』
もう一度、窓の外の神社に目を向けた。何故そんな事を思ったのかわからない。神社は惜しみなき夏の日差しの中にあり、健康的な明るさに満ちている。
引き寄せられるように、通用口から外に出た。冷房に慣れた体がむせ返るほどの熱気に包まれる。道路を横切り、鳥居をくぐる。手水舎の水は枯れ、落ち葉が溜まっている。人影はなく、社務所にも、神社を囲む木立にも、人の気配はなかった。
石段を上った。本殿が拝殿を兼ねている、小さな神社だ。賽銭箱の奥の本殿は、、普段閉ざされている引き戸が開かれ、幕も払われ、内部が露わになっていた。
本殿内部に窓はなく、入り口の庇越しに入る日差しだけが、闇を和らげていた。奥に白い布がかけられた文机があり、榊が一対と、白い布がかけられた何らかの小さな物体が、机上に置かれていた。
綾香は靴を脱ぎ、本殿に上がりこんだ。
文机の前に両膝をつき、小さな物体にかけられた布を取り払う。
丸い鏡だった。
黒曜石の鏡。
その鏡面に映る顔に、綾香は魅了された。
肩にこぼれるくすんだ赤い髪。色白の顔。吊り上った目は強い意志の下に残忍さを隠し持ち、引き締まった口許は
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