王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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『申し訳ござ〈お〉ません』って何?」
その、苛立ちと嘲笑が混ざった顔!
申し訳ございません。申し訳ございません。胃がきりきりと痛み、汗をかきながら綾香は一層体を丸める。申し訳ございません。どうしてそんなタイプミスをしてしまったのだろう? 送る前に確認して確認して、まだ確認して、どうしてそれでも気付かなかったのだろう? 私は頭が悪いのだろうか? 誰よりも劣っているのだろうか? だから嫌われているのだろうか?
そうだ。何度確認したってその回数が何かを保証するわけじゃない。シャワーヘッドから水が細く流れ、それがホースを伝って排水溝に滴り落ちている様子が脳裏に浮かんだ。続けてキッチンの蛇口から水が滴り、それは綾香が見ていない時に、嘲るように間を空けて滴り、排水溝に流れていく様子が浮かんだ。
確認しよう。いや、確認したって何にもならない。水の音が聞こえる。水の音。雨の音だ。蛇口から滴る水滴じゃない。もう四回も確かめたじゃないか。四。死。なんと縁起が悪い!
綾香はまた布団を抜け出して、全く同じ確認行為を繰り返してから、徒労感にまみれて布団に戻って来た。時刻は午前二時を回っていた。
酒を飲もうか。冷蔵庫に缶チューハイがあった筈だ。いいや。こんな時間に飲んで、朝起きられなくなってはいけない。泣きそうな気持で横たわる。夜はまだ長い。
綾香は様々な悪夢を見るようになった。大抵は、朝起きて暫くする内に忘れてしまうのだが、いつまでも消え残り、しつこく頭に浮かび上がるイメージがあった。いずれも毒性の涎を垂れ流す巨大な三面馬であるとか、背後から五体を切り刻まれる感覚であるとか、常軌を逸した規模のスズメバチの大群であるとか、影を食われて消滅する老人といった、非現実的でありながら生々しいイメージであった。
何がきっかけというわけでもなく、仕事中に鼻腔を塞ぐ凄まじい血の臭いに襲われ、綾香は机の上に嘔吐した。自分の島のスタッフの視線が集まり、背後や、隣の島からも視線を感じた。嘔吐は一度では収まらず、五、六回に分けて胃の内容物を吐きながら、相変わらず私は何をやっているんだろうと綾香は考えた。同時に、目覚まし時計をオフにしてきただろうかと不安になった。夕方六時にマンションの無人の部屋で目覚まし時計が鳴り続け、隣室の人が迷惑している、そんな妄想に捕らわれ、居ても立ってもいられなくなり、今すぐ帰りたいと思った。額に掌を当て、机に肘をついた。皆うろたえ、誰も声をかけて来なかった。
少しして、派遣のスタッフがおろおろしながらティッシュと雑巾を持ってきた。
「ありがとう」
綾香はとりあえず愛想笑いを浮かべた。
「大丈夫です。自分で片付けるから。ごめんね」
ティッシュで吐瀉物をかき集め、コンビニの袋にまとめる。何度か給湯室とコールセンターを行き来して机を掃除
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