王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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ないでしょうか?」
「じゃあいつ頃治りそうか聞いてよ」
それはもっと難しいだろう。胃の中が泡立ち、今すぐ吐くか誰かを殴って暴れたい衝動に駆られ、綾香は急いで心を無にした。
「それがわかんないとさあ、うちとしても困るんだよね。うちだって慈善事業じゃないんだからさあ」
「はい」
「あとさあ、仕事中に頬杖つくのやめてくんない。すんごい感じ悪い」
「……すみません」
「これ指摘されるの、初めてじゃないよねぇ」
「すみません。気をつけます」
遠ざかる北村かなえの肥満した後ろ姿を見ないようにし、無心になるよう努める。仕事、仕事。
指示通り、休職中の部署の先輩に電話をかけたが、出なかった。メールも終わり、昼休憩に行こうという時、同じ班の派遣社員が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あの、すみません」
派遣社員は、正社員対応となっている常連のクレーム客から電話が入っている旨を伝えた。
「佐々木さんご指名なんですが、お電話転送してもいいでしょうか?」
四時過ぎ、ようやく昼休憩を取った綾香は、他に誰もいない社員食堂の片隅でひっそりとカップ麺をすすった。電話対応という性質上、昼休憩が不規則になるのは仕方がない。混雑する正午の食堂で、他人の声や、声にならざる声や、雑念に囲まれて昼食をとるのもそれはそれで妙に疲れるもので、広い食堂を独り占めできる点だけが部署移動になって唯一嬉しい点だったが、今更感動するような事でもなくなってしまった。
テレビをつけた。ニュースの時間だった。総理大臣の名を冠した経済政策によって、景気回復の兆しが見られるとの報道が流れた。遠い世界の出来事のようだ。溜め息がこぼれる。昨日も、今日も、明日も、あさっても、同じ生活。明日とあさって。そう。昼休憩が終わればすぐ定時で、それから残りの仕事を片付けて、その間厄介な電話が来ない事を祈って、あと明日とあさって。二日働けば二日休みがある。
頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 自分の頬を両手で叩く。頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 世の中ってのは厳しいもんなんだ辛いのは自分だけじゃないんだ甘えるな甘えるな甘えるな甘えるな頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ甘えるな頑張れ!
惨めな、堪らない気持ちに襲われた。ずっとその気持ちが続いていて、そうでない時があったかどうか、今ではわからない。
この気持ちが今までずっと続いており、今を通過し、これから先も続いていくのだとしたら。この義務と重さと惨めさを抱えて生きていくしかないのなら。自分は何をしているのだろう。一体何のため。
頭を抱えた時、鮮烈な思いが頭内に閃いた。
『記憶が、過去が、まして未来が何を証すものか。私には今しかない』
綾香は目を瞠り、背を伸ばした。左の耳から右の耳へと鋭い耳鳴りが走り抜けた。ニュ
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