王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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社員たちは、バスケットが一つ貸し出され、それを部屋の隅に並べるだけだ。正社員用のロッカーの空きが多くあるにも関わらず、たとえ共用であっても、派遣ごときが大きいロッカーを使うなど許せないというのが室長の考えなのだ。
綾香は制服に着替え、名札を確かめる。
『佐々木(綾)』
そう、私は佐々木綾香。日本。東京。佐々木綾香。綾香はロッカーの上にはたきをかける。綾香の隣のロッカーは鬱で休職中の正社員のロッカーだ。綾香は彼女の代理の人員としてこの部署に異動になったので、顔を見た事はない。もう一つ隣のロッカーは、かつて過食症の社員が使っていた物だと噂に聞く。一口齧っただけのパンやチョコレートや、スナック菓子、飲みかけのジュースなどが溜めこまれ、腐敗して汁が流れた痕がロッカーとカーペットに残っている。そのまた隣の契約社員たちのロッカーの一つには、力任せに殴った痕が残っている。隣に積み重ねられた派遣社員たちの私物入れの籠。青、緑、黄色とある中に、一つだけ赤い籠がある。綾香は知っている。その一つだけ赤い籠の底の裏には、「死ね」とマジックで殴り書きされている事を。
床に掃除機をかけ、備品の雑巾がけが終わると、室長の北村かなえが出社してきた。悪魔のようなデブだ。挨拶しても返事はない。北村かなえは鞄を床に放り出すと、綾香が干した雑巾を一瞥し、わざとらしい溜め息をついた後、僅かに斜めになっていたそれをまっすぐに干し直した。
綾香は口の中が乾き、胃が引き攣るのを感じた。
「あのさあ、今日掃除してくれたの佐々木さん?」
「はい」
「いつも言ってるけどさあ、雑巾ちゃんときれいに干してくんない」
この女は私が嫌いなのだ。綾香は確信している。この女は他の誰にも、こんな重箱の隅をつつくような、嫌がらせにも近いような指摘をしたりはしない。
「こういのってさあ、小さい事のように思うかもしれないけどさあ、絶対仕事にも出てくるしぃ、人に嫌な思いさせてるって気付いてほしいんだよねえ」
「すみません」
綾香は早々に更衣室を出て、コールセンターのロックを解除した。
『ふざけんじゃないよ! ここまで人に迷惑かけて昨日今日と時間も取らせといて、結局申し訳ございませんで終わらせる気!?』
今日も今日とてヒステリックな怒鳴り声が鼓膜めがけて走ってくる。この神経質な男性客への対応は今日で二日目になっていた。
『あのさ、こっちはさ、おたくで買った商品で火傷したって言ってんだよ。えっ? それで診断書もらって来てやったっていいんだよ』
「申し訳ございませんがお客様、昨日もご説明させていただきました通り、ご購入いただいたクッキングヒーターは商品の性質上――」
『だから! それについてはおたくのホームページの商品説明が悪いんだって! ぼく何遍も言ってるじゃん!』
「申し訳ございま
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