第六章
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「そんなのはね」
「いいっていいましても」
「どうしてもっていうんならですね」
「どうしてもというのなら?」
「わしのこと落語にして下さい」
こう彼に願い出たのだった。
「戦争が終わったら落語家に戻られるんですよね」
「ええ、そうですけれど」
それはもう決めていることだった。他に何かをするつもりはなかった。彼はあくまで落語家でありそのことを忘れたことはここでも一度もなかったのだ。
「それは」
「じゃあ御願いします」
「内山さんのことを落語にですね」
「はい」
また願い出た彼だった。今度の言葉はより真剣なものだった。
「それで御願いします」
「わかりました」
彼の真剣な願い出に遂に頷いたのだった。
「では落語家に戻りましたら」
「ええ、それで御願いします」
「そのこと絶対にさせてもらいますね」
防空壕の中でこのことを約束するのだった。それから何度も敵襲があったが二人は何とか生き残った。そうして円満は日本に戻った。そうして早速落語を再開した。
彼の落語は敗戦の後で何の娯楽もなかった皆に笑顔で迎えられた。その落語を聞いて師匠の円谷も満足した顔で言うのだった。
「どうだい、戦争に行く前よりよくなってるじゃねえか」
「そうですかね」
「ああ、そうなってるよ」
場所は古い神社の境内だった。場所がないのでそこで落語の場を開いていたのだ。それが終わってから境内の裏で横に並んで座って師弟で話をしているのだ。
「随分とね」
「まあ落語のことは忘れたことはありませんでしたけれどね」
「だからかい。それに稽古も欠かさなかったみたいだな」
「ええ、それもまあ」
このことにも応える彼だった。
「時間を見つけてはちょこちょこ」
「特にあの話がよかったな」
「あの話とは?」
「台湾の話だよ」
それだというのである。
「ほら、御前さんが行っていた」
「台湾の基地のことですか」
「それの呉のやくざ屋あがりの兵隊さんの話な」
「ああ、あれですね」
それを言われるともうそれだけで笑顔になってしまうのだった。
「あの話ですね」
「あれが特にいいね」
師匠も笑顔で認めるのだった。
「もうダントツだよ」
「そんなにですか」
「お客さん達見な。その話に一番聞き入ってただろ」
「そういえばそうですね」
神社の階段のところに座り前は木々が生い茂っている。その中での話だった。
「あの話が一番」
「あたしが聞いてもダントツだよ」
円谷自身もだというのだった。
「全くね」
「そうですか。それは何よりです」
「その話磨いていきな」
円谷は弟子に告げた。
「それでいいな」
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