王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
―5―
[5/7]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
手綱を取った。
死者の旅は続いた。
馬に跨り進む事二日目の暮れ、地中から突き出る太い棒に出くわした。棒はニブレットの背より少しばかり高く、一定の間隔で並んでいた。その棒もまた、夜空を閉じこめたラピスラズリへと変化している。
眠りに落ちる際、ニブレットは棒の正体に思い当たった。古き世、セルセトの都は、現在では王の荒野と呼ばれる場所に存在した。先セルセトの最後の王は、慢心から地霊の王を食らおうとし、大いなる怒りを買った。地が割れ、都は幾万の無辜の民と共に地に沈んだ。ここがかの伝説の地であれば、棒は地中の腐敗した空気を抜く為の筒であろう。少しでも土を清らかに保つ努力を見せ、地霊の怒りを鎮めるいじましい行為。同時に、全ての筒は墓碑でもある。顔を寄せると、筒の表面には、古王国文字で無数の名が刻まれていた。
死者は古き都の上を歩き、過ぎた。馬は寒さと恐怖のせいか、水も餌も口にしなくなり、痩せこけていった。ニブレットは馬を捨てた。
やがて緩やかな坂の上に、立ち並ぶ古き王たちの墳墓が見えてきた。折り重なる雲は黒さをいや増し、病める太陽の血が、呪いのごとく雲の合間に滲んでいた。冷たいラピスラズリの大地は、朝も昼もなく荒野を夜の静けさに閉ざした。点在する巨石群は、遠目には永劫に身を捩って悶絶する人々の彫像に見えた。その奥に意識を飛ばせば、荒野の更に彼方から、未知の淀んだ空気を感じた。石相との境界だろう。まだ遠い。
巨石が並ぶ丘を越えると、荒野は起伏を見せる。小さな丘の斜面には、石化した扉が規則正しく埋めこまれている。先セルセトの王族たちの墓室だ。
日没、ニブレットは瑠璃色の木にもたれかかって目を閉じた。目を開いても、閉じていても、見えるのは闇、それだけだった。
「私は誰だ?」
意識が融けていく中、幾度目ともわからぬ問いを口にした。そのような事もわからぬ人間はこの世で自分一人であろうと思われた。無様で、惨めな気持ちだった。
眠りの淵を滑り落ちていきながら、もはや熱も冷気もわからぬ死者の肉体は、不思議なぬくもりを感じた。併せて、孤独も、無様さも、惨めさも、身の内から吸い取られていくのがわかった。それは、王の荒野に踏み入って初めて理解した、瑠璃の界、その象徴たるラピスラズリの魔力だった。
清らかな水の底にゆっくりと沈んでいくような、静かな快感。五臓六腑に瑠璃色の闇が沁み渡る。この素晴らしい闇とつつましやかな光は、もしこの肉体がまたも苦痛を感じる事があったとしても、それさえ取り除くだろう。生きてきた中で一度も経験した事のない優しさを持つ、献身的で、控えめな力。もしブネの言う男が、この石の力を象(かたち)にしたような男であったら、その者が清らかな月の光のみを食べて静かに眠っているのであれば、その者をみすみすブネに渡しはすまい。ニブレットの心で
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ