王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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たという託宣を信じ込んでいた。
逆転だと?
意識の中で、女が冷たく囁く。
そのような事が叶ったと、本当に信じているのか?
ブネが白の間から出てきた。姉は妹の顔を見ると、血相を変えて硬直した。
「これは姉上、ご機嫌麗しゅう」
ブネは顔を背けた。ニブレットは歩き出す。すれ違う時、ブネはやっと口を開く。
「分魂術によって栄えた国はありません」
ニブレットは振り返り、姉の疲れた背中を見る。
「人の魂は神との契約のもと生まれ来るもの。人の手によって作られた契約なき生命は、大いなる災いをもたらすでしょう」
「その契約を、お前は、レレナとの間でどれほど果たしたと言うのだ? まともな託宣を受ける事もなく、王女としての公務も、巫女の務めを盾に放棄しているようなもの。そのくせ口先だけは立派ときたものだ」
ブネの肩が震える。ニブレットは立ち去った。背後で、託宣を受ける白の間の扉が音を立てて閉じた。
以来、ブネは白の間に閉じこもるようになった。
覚えている。この出来事を、ニブレットとして記憶している。ブネとニブレット以外の何者も、その場にはいなかったのだから。
「何故、覚えているのだ?」
生ける屍の冷たい腕が力なく落ち、ラピスラズリの大地に触れる。
「私は何者なのだ?」
死者は頭を抱える。私はニブレットだ、そう思おうとした。ニブレットの肉体がある以上、そう考える方が賢明だとも思われた。あるいは、ニブレットでも、サルディーヤでも、どちらでも同じなのだと。サルディーヤの自我は、ニブレットの魂から分かたれたものなのだから。
一方で、体の中に吹きすさぶ他者の息吹も感じずにいられなかった。それはサルディーヤのもう一人の作り主、レンダイルの息吹である。
「私は誰だ」
私はレンダイルではない。少なくとも、レンダイルではない。死者の呼吸が早くなる。
記憶が、過去が、まして未来が何を証すものか。
「私には今しかない」
死者はふらつきながら立ち上がった。
「今しかないのだ」
元通り、薄い革鎧とマントを身に纏った。いつ明けるとも知れぬ夜の下、死者は冷たい風が来る方へと、長い赤毛をなびかせて、彷徨い歩いてゆく。
※
薄明、荒野を彷徨い歩く死者を、木巧魚が見つけた。木巧魚は死者を正しい方角へと導いた。
死者は、自分自身を取り敢えずニブレットと呼ぶ事にした。自分がニブレットであると、またはサルディーヤであると、確信を持つ事は難しかった。肉体はニブレットの物だが、ところで名とは肉体に対してある物か、自我に対してある物かと歩きながら考えた。意味のない思考であった。
ニブレットは途方に暮れて立ち尽くす馬を見つけた。サルディーヤが手綱を引いていた馬だ。荷を負っている為、他の二頭に後れを取ったのだろう。その
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