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思わざるを得なかった。
彼はきっと、いや、間違いなく、癌で死ぬんだ。でも、私は彼にタバコをやめてなんて一言も言った事がないし、たぶん、これからも言う事ができないのだろう。
私たちの間に一つの命が誕生した。まだ喋る事もできない、立つ事もできない、笑っているか、泣いているかのどちらかの選択肢しかない、とても愛おしい命だった。
「子供の前ではタバコを吸わないで」
私が彼にそう言うと、すぐに承諾し、それから外で吸うようになった。
そして私はまた昔の情景を思い出した。夜空に向かって退屈そうに浮かび上がる真っ白な煙は、パパを思い出すには十分過ぎる程の存在だった。
数年がたって、子供は驚くべき早さで成長していた。その頃には彼も家の中に戻ってきていて、どのタイミングで彼が家の中で吸うようになったのか覚えていないのだけれど、割と最近の出来事のように思える。
まだ外で吸っていた時期があっただけ、パパよりは随分とマシだった。
リビングでタバコを吸う自分のパパに向かって、子供は聞いた。
「どうしてパパはタバコを吸っているの?」
”タバコ”という言葉を教えたのは彼だろうか。私はそんな事を教えた覚えはなかった。そして、私はいつから、あれが”タバコ”という存在だと知っていただろうか。そしていつから、あれが体に良くないものだと知っていたのだろうか。
「タバコはお仕事で疲れたパパを元気にしてくれるんだよ」
彼はまだ小さな子供に向かってそう答えた。?でもなく、テキトーでもないだけパパよりはまともだった。
子供は首を横にかしげていたままだったけど、その煙を嫌がる風は見受けられなかった。
いつかもっとタバコという存在を知るだろう。きっと、それは意識もしない内に、勝手に自分の中の一部となってしまう事だろう。
結局、私の旦那だったその人は癌で死んだ。
肺癌。パパと全く同じ末路を辿った事になる。それでも救いだったのは、娘はもう随分立派な大人になっていて、人生におけるおおよその事はしっかりとやり遂げた後だった事だと思う。
彼の葬式を済ませ、自宅に戻った時に娘は私に向かって言った。
「パパ入院中止められてるのに、隠れてタバコ吸ってたよ」
もちろん、私はそれをよく知っていた。彼がタバコを吸っている事を、あえて知らないように振る舞っていたくらいなのだから。
パパも、彼も、一緒だった。私の中に住むタバコの匂いも、その二人にはよく重なって、娘が家に帰った後、私は彼の写真の前で随分と久しぶりに涙を流した。
パパが死んだ時だって流れる事のなかった涙なのに、彼の写真を見ていると、止めどなく涙は溢れて、私は彼の写真を抱きながら静かに床に就いた。
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