王の荒野の王国――木相におけるセルセト――
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かりをつけた。妹を処刑台に、甥を窓のない牢に追いやり、餓死させた女。
剣士イユンクス。ナエーズ平定の英雄にして、ウオルカンの寵臣。彼が英雄と呼ばれる訳はひとえに残忍であるがゆえだ。彼はその残忍さを戦場のみならず、己の屋敷においても発揮し、酒色に耽っては、女子供を追い回しては殺す遊びを飽きずに続けていた。
渉相術師レンダイル。偏屈な老人。癇癪持ち。その姿を一度だけ、遠目に見た事がある。胸まで伸びた顎髭と不潔な髪。埃をかぶった服と破れた靴。貧相な痩躯。あれは果たしてどこの物乞いかと思ったほどだ。彼に弟子入りを乞う若者は後を絶たなかった。そして、彼の魔術書館に足を踏み入れ、出てきた若者もいなかった。
ニブレットはサルディーヤを凝視し続けた。その顔は隠されたままで、顎と口しか見えない。彼について思い出せる事は、やはり、名前のほかなかった。
「何だ」
サルディーヤが問う。
「何がだ」
ニブレットは喧嘩腰で言い返す。サルディーヤは挑発に乗らなかった。
ニブレットは、この男より先には眠るまいと決めた。それはまた相手も同じであるらしく、彼はいつまでも、雪の上の敷物に座したまま動かない。
二人は弓のように張り詰めた緊張の中、遠すぎる朝を待った。
どちらが先に眠り、どちらが先に起きたか、定かではなかった。ニブレットが出立の準備を始めると、起きている時と同じく座した姿勢のサルディーヤが、物音を聞いて立ち上がった。二人は会話も交わさず馬を進めた。
二人が小高い丘に立つと、押し寄せる破滅の炎のような朝焼けの下に、王の荒野が広がっているのが見えた。王の荒野は思いもよらぬ変貌を遂げていた。二人は馬に跨ったまま、しばし荒野をただ眺めた。
荒野は瑠璃の色彩に覆われていた。草も土くれも、瑠璃色の硬い石に変じていた。夜空のような瑠璃色には、星々に似た金の斑点が多分に混ざっていた。そして、雲を思わせる方解石の白色も、各所に見て取れた。
その石の名を、ニブレットは呟いた。
「ラピスラズリ」
その響きは、甘い歓喜をたちどころにもたらした。古の貴石の荒野は、はるか果ての古き王たちの墳墓まで続いているかに思われた。
サルディーヤが背後に立ち、彼が曳く馬の蹄の音で、甘美な感覚は破られた。鮮やかな真実に、胸が引き裂かれるのを感じた。ニブレットは目を瞠った。
ニブレットは死んだ。背後からの魔術攻撃によって、五体を切り刻まれた。
あの時背後にいたのは、敵ではない。その筈はない。背後にいたのは――。
「サルディーヤ。貴様、私を殺したな」
ニブレットは弓を負ったまま、肩越しに振り返った。サルディーヤの口に笑みが浮いた。その笑みが秒ごとに広がり、彼は歯を見せた。
「記憶が蘇ったか。結構な事だ」
ニブレットは漆黒の剣に手をかけ
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