第9話 アピアリング
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臭い。
普段も臭う事はあるが、これほどに濃くなったのは初めてかもしれない。どうやら父はかなり遅くまでここで酒を浴びるように飲んでいたらしい。いつも以上の空き瓶の量だ。これだけの酒を一日に飲んでしまえば、そのまま死んでしまうのではないかとさえ思うほどだ。
そこも足元を注意深く見てみたが、やはり鞄はない。
仕方なしに、リビングを通り過ぎて玄関の方へ向かうために足を前へ――だが。
きぃん、とガラスのぶつかる甲高い音が響いた。足先が一升瓶の一つにぶつかってしまったのだ。
思わず身が竦む。これくらいの音にもなると、もし眠っていても父が起きてしまう可能性のある音量だ。ばくばくとなる心臓と止まらない汗を必死で抑え、不安感に揺さぶられながら耳を欹てる。
暫くの間を置いたが、物音は聞こえなかった。
(もしかしてキッチンかトイレ……いや、玄関で寝てる?それとももう出て行ったか……)
父とていつも予測通りの行動をする訳ではない。あの大きな鼾も聞こえない事を考えると、もう家にいたいと考えるのが妥当だろう。
何にせよ急ごう、と私は足を進めた。
リビングを通り過ぎて廊下へと出て、そこで私は漸く玄関先に自分のカバンが置いてあるのを発見してほっとする。
「よかった……あった」
「何がよかっただと?父親の言いつけを守らねぇで朝帰りしておいて……」
「えっ――」
「この、親不幸者がぁあぁぁッ!!」
廊下の影に立っていたその人影に――父の存在に、私は直前まで気付くことが出来なかったのだ。
掴まれたのは、首と肩。そのまま力任せに壁に叩きつけられた。硬いしっくいの壁は思った以上に厚く、私の身体を容赦なく打ち付けた。突然の痛みに悲鳴を上げる。
「きゃぁあああっ!?」
「お前の、面倒を見ているのはぁ……俺だって言ったよなァ!?余計な事をするんじゃねえとも何度も言ったはずだぞ!!お前ェ、どこにいて何をしてた!!」
「あっ、ぐぅぅ……!?」
「言えぇッ!!」
身体を床に叩きつけられる。
頭部を強打し、腰の骨が異音を立てて痛烈な痛みを訴える。受け身を取れずに肩も強打した。痛みの余りにくぐもった悲鳴を漏らして苦しむ。
そんな私のことなどお構いなしのように、父が目の前に迫った。
「ごほっ、ごほっ!はぁ……はぁ……や、やめて……!!」
「お前は、お前は俺を捨てる気なんだろぉぉぉッ!!それで警察にでも逃げ込んでたんじゃねえのかぁ!!」
口から泡交じりに吐き出される見当違いな怒声を上げて、父は馬乗りになって私の頬を力任せにはたいた。目の中を火花が散り、頭がくらくらする衝撃が走る。
父の目は完全に正気を失っているとしか思えないほどに血走って、もはや正常な判断能力を持っている
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