第8話 グラスピング
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でも、あの人は俺から逃げる事はいつだってやらなかった。
少し馴れ馴れしすぎて、時々説教くさいあの人には感謝している。
だからとっとと自立して恩を返したら、それっきり会う気はない。
何故なら、今も昔も、そして恐らくは将来も、あの人と俺は平行線のままだから。
足音が俺の部屋に近づいてくる。
気のせいか、いつもと足音が少し違う気がした。
歩幅が狭い。
音も少し軽い。
――あの人じゃ、ない?
= =
果てしなく高く感じる階段を上り、言われたとおりにそのまま直進し、右から二番目のドアの前で立ち止まる。
この部屋の中に、風原くんはいる。
今日はことさらに機嫌が悪いらしく、部屋に入ったまま出てこないそうだ。
まず、何と声をかければいいだろう。多分いきなりの来訪に驚くだろう。それとも声を出さない方がいいのだろうか。私だと気付いたら入れてくれないかもしれない。いいや、そもそもノックしたら開けてくれるのだろうか。無視されたらどうしよう。
どのようにしてスタートを切ろうか考えた挙句、私は奇襲作戦を取ることにした。
この家のドアには鍵がついていないようなので、逃げる暇を与えず一気に突入してしまおうという訳だ。相手の顔色を伺う受け身ではなく積極的な攻勢、風原くん直伝の方法だ。
「よしっ」
掌を固く握って覚悟を決めた、その刹那。
がちゃり、と目の前のドアが開いた。
「……………お前、何してる?」
ドアの中から、驚くやらいぶかしがるやらで複雑な表情をした風原くんが出てきた。
「あっ…………その、お邪魔してます」
部屋の前で足音が止まったことに気を揉んで、確認に出てきたのだ。奇襲も何もとっくに気付かれていたらしい。作戦があっさり失敗した私は、色々と悩んだ最初の一言をすっかり忘れて普通に挨拶してしまった。
一人で悶々と悩んでいた自分が恥ずかしくなるほどにあっさり会ってくれたので、何となく恥ずかしい気分だ。どことなく感じる温度差がまたいたたまれない気分にさせる。
風原くんは何所かうんざりした様子でため息をついた。
「………九宮さんだな、家に上げたのは。その私服も九宮さんに借りた奴だろう」
「う、うん。雨で濡れちゃったからって……」
「それで、お前は雨が降りしきる中、誰に俺の住所を聞いて、何のためにここまで来たんだ」
言外に伝わる拒絶の圧力が迫る。歓迎の色を一切見せず、折角来たのだからとお世辞や温情を見せることもしない。そうやって積極的に自分から相手を遠ざける。近づく見返りのない存在だと教え込むように。
でも、ここで引き下がっては意味がない。
勇気を出して、前へ一歩踏み出す。
「私がこれからどうやって生きてい
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