第6話 イグノリング
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喉元過ぎれば熱さを忘れる、という諺を初めて知った時、何かしっくりこないものを感じた。
得心しきれないのは、与えた恩義を忘れられることだろうか。
それとも、苦しみもいつかは過去になるという部分だろうか。
自分なりに何がしっくりこないのかを考えたが、その頃は答えが出なかった。
でも今なら何となく、あの時になぜ私が得心しきれなかったのかが分かる。
熱さがいつまでも喉元を過ぎなけれ。
過ぎてから次が来るまでのスパンが異様に短ければ。
そうならば、人は熱さを忘れる暇もないのではないか。
苦あれば楽あり、と古人は言った。
もしその古人と話が出来たなら、私はこう返すだろう。
いつまでもやってこない楽など、無いのと同じことじゃないですか。
「何よ、今日は随分と大人しいじゃないの……何とか言ったら!?」
「…………」
「な、なによ黙りこくっちゃってさ。そうやって黙ってれば何にもされないって思ってる訳?」
「いつもみたいにめそめそしたら?ほらッ!」
腹部に奔る衝撃。床に倒れながら蹴られた場所を抑えて小さく呻く。
「うっ……、…………」
久しぶりにこの手のいじめを受けたな、と、痛みを堪えながら思った。
長い事受けていなかったが、当然と言えば当然かもしれない。風原くんが常にこの学校内をうろついて喧嘩相手を探している訳ではないのだ。当然、いずれは彼の目に触れず、教師の目にも触れないいじめ現場は見つかるだろうし、そこに連れて来られるだろう。
短い安全だった、と感慨もなく思う。元来が他人の損を基に成り立つ浅慮であったが故に、ショックもさほどない。ああそうだろうな、とぼんやり思う程度の言葉しか湧かなかった。
だけどどうしてだろう。前とは抱く想いが違う。
前は、今さえ凌げればと必死になっていた。これを堪えれば苦しみは過ぎると。いつか終わった時に、私は安心できると。
でも、待っても待ってもそんな時は訪れなかった。
もっと早く気付くべきだったんだろう。私に幸せなんてこないって。
やがて、反応しない私を気味悪く思ったのか、いじめっ子達は「気持ち悪い」とか「意味わかんない」とか、何度も繰り返した言葉を捨て台詞代わりに帰っていった。
そんな彼女たちを見送った私は、立ち上がって服の埃を払う。床の冷たさが全身から離れ、埃臭さから離れ、小さく空気を吸い込む。
乗り越えたことへの安堵も、解放感も、元より何も、感じない。
お腹がズキリと痛んだけれど、それもやはり何とも思わなかった。
(どうせ体を守っても謝っても、私の生活は変わらない)
そう思ってしまえば、不思議と体は軽かった。
どうせ何をしても馬鹿にされるし。
どうせ何を言っても
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