第5話 ウィーピング
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母が死ぬまでは――優しかったんだ。
何で。
何で。
その言葉ばかりが浮かんでは消え、後に残るのは悲哀だけだった。
悲しくて、悲しくて、耐えられなくなった我慢が、瞳から滴となって床に落ちる。
「ごめん、なさい……ひっく、ごべんな、ざい……ごべんなざい………」
「………ちっ。お前のそのめそめそしてるところが一番腹が立つってのが分からねぇのか!!」
涙混じりの謝罪に、父は舌打ちして掴んだ手事私を放り出した。
ぐったりとしていた私の身体は崩れ落ち、ごっ、と音を立てて床に鼻の頭が衝突する。
髪の毛が顔にかかり、視界もよく分からない。暫くして、見えないのは髪だけでなく涙の所為でもあることに気付いた。
「いいか……余計な事を言うな。黙ってればいい。黙ってこの家にいればいいんだ……返事はっ!?」
「わがり……まじだっ」
「お前の面倒を見てるのは俺だ!お前みたいなどうしようもない愚図が、助けてもらおうなんて二度と考えるな!お前みたいなやつを助ける馬鹿なんかこの世界にいると思ってるのか!!ハァ……ハァ……クソ!胸糞わりぃ……」
足音が遠ざかり、戸が大きな音を立てて閉じる。
その空間に取り残された私は、痛みに震える腕を持ち上げて立ち上がろうとし――立ち上がれずにまた床に顔を打ち付ける。
惨めだ。
母親を亡くし、父は豹変。
助けてくれる親戚はおらず、近所も味方はしない。
学校ではいわれのない虐めを受けて、碌に反撃もできない。
そんな事実を確認し、過去の生活との落差を実感するたびにまた、きしり、と心のどこかが軋みをあげる。
誰も私を助けようとはしない、無関心という残酷な現実。
自分という存在が認められていないような、孤独。
「うぇ……えぐ、ひっ………ぁあ、うぁぁ……!」
私には何もない。
誰も味方はいない。
そう思ってしまうほどに惨めな自分に、耐えられない。
耐えられないのに――どうにもできない。
ただ同級生と話をしているというそれだけでもこんな目に合わなければいけないほど悪い事をしただろうか?
友達や、知っている人とお喋りするだけで、私はこんな目に合わなければいけないのだろうか?
そんな場所に私は居続けなければいけないのだろうか。
ふと、鼻の痛みに交じって、熱い液体が零れ落ちる。
鼻血だった。たらりと一筋垂れる程度の少量の血液が、床にぱたぱたと落ちる。
「うっく……片付けな、きゃ……ひっく、片付け……」
床を拭こう。でないと床を汚したと怒られる。
周囲と話をするのは止めよう。でないと話をしたと怒られる。
謝ろう。父になにか言われたら謝り続けよう。
そうすれば、今は乗り切れる。
今は――
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