第4話 アプローチング
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になっているので、私としては有り難くない話だ。
しかし、これは困った事態になった。
「忘れたとなれば隣の人に見せてもらうのが普通な訳だけど――ねえ」
「うん……」
元々、隣の人に見せてもらう事も目立つのでやりたくないのだが、今回はそれ以上に大きな壁があった。
というのも――窓際に席があるわたしの隣と言えば、あの風原くんの席なのである。
素直に教科書を見せてくれるかは予想できないし、休憩時間に席を立ったっきり戻ってこない彼ではむしろこの後に授業に来ない可能性もある。
彼が学校の授業に参加しない日は、私にとっては嫌な日だ。脅威がいなくなったことで暇を持て余したいじめっ子たちは、私の存在を思い出したように小さな嫌がらせを再開してくる。彼がいない分だけ、暇つぶしに虐められる。
流石の香織も後ろの席にいる私に教科書をみせるのは難しい。彼女が私に教科書を貸したうえで自身は隣の子に見せてもらうという手もあるが、彼女はそんな事はしない。私に手を貸したことを公言するようなものだからだ。彼女ならリスクは避ける。
そして、彼女は予想通りそうしなかった。
「予習はしてるんでしょ?ならまぁ、今回くらいどうにかなるでしょ」
「……………」
他人事だと思って、と言い返したかったが、彼女の背中を見ていると躊躇われる。
この言葉で彼女に嫌われ、敵になってしまうかもしれない。そんな低確率のはずれくじに怯えて心が一種立ち竦んだ。
そして、一度立ち止まってしまえば勇気はみるみる萎んでいき、残るのは見慣れた臆病な自分だけ。
かたり、と椅子を弾く音がして、いつのまにやら教室に戻ってきていた風原くんが椅子に座る。
その時、彼はちらりとこちらを見た。無感動なその瞳に小さな小さな苛立ちを覗かせながら。その視線が意味するものを、私は未だに知らない。
そうだ、教科書を見せてもらえるよう頼まないと。そう思って、遠慮がちに声をかける。
「あの、風原くん……」
「なんだ?」
いつもと変わらないその無表情。私をどう見ているのかも分からないその瞳が、時々私を酷く不安にさせる。
たった一言彼に聞けばいいだけの事なのに――気が付けば、私はまだもや香織に意見しようとしたときのような失敗を恐れる感情に足を引かれていた。
話しかける勇気の先に続くものを手繰り寄せようとして言葉が止まる。そんな私の姿を、風原くんはせかしもせずにただ見つめていた。
苛立たせているだろうか――
うんざりされているだろうか――
あるいは私に話しかけてほしくないのだろうか――
頭の中を瞬時に駆け巡ったネガティブな予測が縄になって、歩み寄る足に絡まった。
せめて、言わなくとも事情に気付いて教科書を見せてあげようかと具申して
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