第2話 ムービング
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。
だけど――
「言っておくが、俺はお前みたいな何も言わない負け犬は大嫌いだ」
その言葉が、ぼろぼろになった私の心にまた一つ、傷をつけた。
「………ごめんなさい」
「取り敢えず謝ろうとする奴も嫌いだ。さっさと失せろ」
それだけ言うと、彼はどこか不機嫌そうに階段の上に登って行った。
(この人には頼れない……この人は味方じゃない)
彼は、私の味方にはなってくれない。
少なくとも、去り際に麗衣が言っていたような優しい人間には見えなかった。
= =
太陽が沈み、暗闇が町を包みだす頃――私は、家の台所に立っていた。
自分の分だけ作ればいいのに、と思いながら2人分の料理を作る。
父はいつ怒って私を罵倒するかは分からない。でも、食事を用意していなければ口には出さずともその不満は蓄積され、次の怒りの引き金に重みとしてかかる。だから、夕食は用意しておくのが私なりの危機回避だ。
前はよく指先を切ってしまい、涙を流して痛がったものだ。今では包丁を降ろす動きに淀みは無くなっている。
通帳はいつもお父さんが握っているから材料を買うお金はないが、時々お父さんが酒に酔い潰れて完全に寝ている隙を見て、食事代を引き出している。家賃、光熱費、食事代。収入がないこの家には無駄なお金など一銭もない。だから朝食は省かざるを得ない。
――父が毎日煽る安物の酒は、ある意味での必要経費だ。きっと父は酒を無くせば死ぬか犯罪者になるかの二者択一だろう。今や私に罵倒と暴力と恐怖しか植えつけなくなった父だが、それでも家族。見捨てることなど出来ない。
どんなに一緒にいるのが辛くても――それでも離れられない奇妙な繋がり。それを家族というのなら、きっとそうなのだろう。
夕食の用意が出来れば、私は自分の分だけ急いでよそって食べ、直ぐに自分の部屋に籠らなければいけない。
父は、私が台所に立つと機嫌が悪くなる。その食べ物は何所から買ってきたんだ、などと聞かれでもしたら、そこからなし崩し的にお金を持っていることが知られてまた怒られる。
一緒に食事をしなければそうはならないから、父が台所に来る前に逃げなければいけない。
「何で、お父さんから逃げてるんだろ」
母が生きていた頃は、ご飯は全て母が作っていて、家族全員で食べるのが日常だった。
母さんが死んでからは家に料理をできる人がいなくなった。
だから私は父を支えてあげたい一心で慣れない家事をたくさんやった。
料理も練習して、今ではかなり母の味に近づいた自負がある。
でも、頑張っても頑張っても父は母の死から立ち直ることはなく――そしてある日、爆発するように私を怒鳴り散らした。
私が悪いわけではなかったのに。
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