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スパイの最期
8部分:第八章
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もそれについて悲しむ者もいなければ悼む者もいなかった。
 むしろ喜ぶ者さえいた。彼等は言うのだった。
「報いだ」
「任務とはいえ多くの一般市民を巻き込んだからだ」
「例え敵国であっても」
 こう言い捨てるのだった。それはまるで機械が壊れて捨てられたかのようであった。
「それで代わりはいるのか?」
「ああ、いる」
「もっと人間的で温かいのがいる」
「そうか。ならいい」
 これで終わりであった。
「ではその後任者に頑張ってもらおう」
「あんな非道なことはせずにな」
 そう言ってマトリョーシカのことを終わらせたのだった。それは彼女の上司も同じだった。
「有能だったが」
「ですがそれだけです」
 彼女の直接の上司がこう国防長官に述べていた。
「人としての感情なぞ一切見られませんでした」
「私もそう思っていた」
 国防長官は彼の言葉に応えて頷いた。自身の執務用の机には彼女の写真が一枚ある。だがそれを見ることもなかった。
「正直言って好きではなかった」
「左様ですか」
「暗殺されたが。それでもな」
「同情は」
「自業自得だ」
 彼女を嫌う者達と全く同じ言葉であった。
「任務とはいえ一般市民を巻き込めとは私は言わなかった」
「私もです」
「そんなことは軍人のすることではない」
 ある意味において清潔な、そしてある意味においては現実がわかっていない。尚且つ無責任なものさえある言葉であった。
「私はそう思うがな」
「私もです」
 彼女の上司も謹厳な言葉で述べた。
「やがてはああなる運命でしたか」
「そういうことだな。それでだ」
 長官はここでまた言った。その恰幅のいい身体の腕を振って。
「マトリョーシカ=ラムラ中佐は死んだ」
「死にましたか」
「事故死だ」
 そういうことにするということだった。
「不幸な事故だったな」
「はい」
 彼女の上司もその言葉に頷いた。
「全くです」
「以上だ。それで終わりだ」
「わかりました」
「自らの結末を自ら招いた」
 長官はこうも言うとマトリョーシカの写真を手に取った。そしてその写真を一瞥してすぐに。机の横にあるゴミ箱に捨ててしまったのだった。
「それだけだ。悲しむことなぞ何もない」
 次の日にはマトリョーシカのことは誰も何も言わなくなった。ただ機械が壊れて捨てられた、それだけのことだった。誰も彼女のことを知らず忌々しげに壊れたことにしてしまった。彼女の家にあった写真を見たものも心を見た者も誰もいないのだった。誰一人として。


スパイの最期   完


                   2009・8・23

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