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剣の丘に花は咲く 
第十四章 水都市の聖女
第六話 俺の名は―――
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かし、微かにその瞳が濡れている事に気付き―――そしてその奥に様々な感情が見て取れた。

 不安。

 恐怖。

 恐れ。

 歓喜。

 哀しみ。

 様々な感情が入り乱れる中、一際強く感じるのは―――。



 ……何処か懐かしさを感じ不思議に思う。
 そんな感情が湧き上がるのはおかしい。
 自分が今このような現状に陥った要因であるだろうものは、今の自分にとって過去でも記憶でもない―――ただの記録であり知識でしかない。
 そこから何らかの感情や想いが浮かぶことも、そして感じることも無い筈である。にも関わらず、どうしてか懐かしさを感じる。
 強敵(李書文)を前にして油断し過ぎだと自分でも思いながら、シロウは湧き上がる感情の源泉について思考し、不意にその理由について思い至り『ああ』と内心納得の声を上げた。
 
 ―――これ(懐かしさ)は、あの記録が原因ではない。

 そう、これはもっと根本的で単純な話であったのだ。
 懐かしさを感じるのも当たり前だ。
 


 ――――――守るべき者を背に戦うのは、一体何時ぶりだろうか……



 英霊(守護者)となってから―――否、それよりも前、最早記憶すら定かではない……。



 ―――十を救うため一を殺し、百を助けるため十を見殺し、千を救い出すため、百を無視した―――

 

 そこに、守るべき者を背に戦う姿は―――ない


 
 守るべき者を背に、敵と戦う等―――これではまるで―――“正義の味方”―――ではないか……。



「―――し、ろぅ」



 不意に吹く柔らかな風でも消えてしまいそうなか細い声で、名前を呼ばれる。

 そう―――それが自分の名前だ。 

 エミヤシロウ。

 だが―――何故か今はその名を名乗るのに抵抗がある。

 これは、多分あれ(・・)が原因だろう。

 頑張ると、そう誓ったのだ。

 そして、今、自分は頑張っている。

 ならば、そうではない。

 

 口元笑みが浮かぶ。
 珍しいことに苦笑ではない。
 我ながらどうかと思うが、実に子供っぽい笑みだ。
 意地っ張りで、強情で、それでいて悪戯めいた笑み。





「違う―――エミヤシロウ、ではない―――」





 一歩足を前に出す。
 振り返らず、真っ直ぐ(李書文)を視界に収めたまま、背後のサーシャと離れた位置に立つブリミルに改めて名乗る。 
 約束した―――あの時の名を。





「―――アーチャーと呼べ」








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