優雅ならぬ戦端に
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じわりと湿った兵士達の掌、その二つを感じて男の口が引き裂かれる。
赤い舌を出して唇を一つ舐めた。まるで彼女のように。
「ははっ! あんたビビッてんのか!? そりゃ怖ぇよなぁ! あの人が殺しに来るんだからよ! あの紅揚羽が敵になったんだからよ!」
真っ先に殺されるのは自分だろう……郭図にバレる不備を起こしたのは斗詩なのだから、そう考えるは必然。
麗羽は放たれた汚い言葉に眉を顰めて、
「黙らせなさい」
即座に兵士に命じて男の口を抑えさせると、彼の嘲笑を浮かべる眼が細められる。
続けて麗羽が口を開こうとしたが……猪々子がゆっくりと近付いて行くのを見て、噤んだ。
力無い歩みはいつもの彼女ではない。一歩一歩踏みしめるように進む様は、いつでも元気な彼女らしくなかった。
「姫、もう……いいよ」
震える声が場に響いた。今にも泣き出してしまいそうな声だった。
「お前らも離してやれ」
命じて自由にしてやった男の前、猪々子は片膝を付いて瞳を合わせる。
「明はさ、泣いてたか?」
「……ああ、あの人は泣いてた」
ぽつりと零れた問いかけに、答える男の顔が歪む。悲哀と、無力と、不甲斐無さに。
ぎゅうと拳が握られた。俯けた顔から、震える吐息が吐き出される。ギシリ、と歯を噛み鳴らした。
「大切な宝物を壊された子供みてぇに泣いて……泣いて、泣きじゃくって……心が壊れちまう寸前だったよ。黒麒麟が側に居たおかげで立ち直ったように見えたが……日常に戻ったら絶対に思い出して狂うかもしれねえんだ」
「……そうか」
泣いていた彼女の側には、黒が何も言わずに寄り添っていた。
励ましもせず、彼女が吐き出す言葉の全てを受け止めて、ただ隣に居ただけ。
一つ一つ思い出を確認して、心の中に生きている彼女を彼に教えて、明は幾分か楽になったように見えた。
それでも、と男は思う。明はもう、一番の救いは得られないのだ。
「……なんで救われねぇ? なぁ、なんでこの家はこんななんだ? 俺らは、あの二人は戦ったぞ? 袁家の為に戦ったんだ。なのによぉ……」
ぽた、ぽたと涙が落ちる。
聞いた話だ。二人の少女の足跡と願い。ただ誰かの為に抗う彼女達を救いたいとは、長く間近で見て来たから思えた事。
それが、自分達が戦った意味が無駄になった。彼女達の戦った意味が無駄になった。信じていたのに味方に裏切られた。その絶望から、もう哀しみを抑えられない。
「あんまりだろぉ……? どれだけ抗っても救われないなんて……そんなのって……あんまりじゃねぇかぁ……。
だからよぉ、ただ言われたままの……あんたら袁家の、道具としてなんて……このままあの人を使い潰させて……たまるかよ……」
もう彼女も、少しだ
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