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回天
第四章
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 仁科の言葉に応えて頷いて述べる。
「それで。何なのだ」
「一つだけ心残りがあります」
 彼はそう司令に告げた。
「心残りか」
「はい。子孫を残せなかったこと」
 彼は言った。
「それだけがたった一つの心残りであります」
「そうか。それだけなのだな」
「はい。それだけが」
 彼はまた言うのだった。
「他は何もないのですが」
「わかった。ではその言葉受け取った」
 司令は頷いて仁科に対して述べた。
「それでは。行って来い」
「はい、見事敵を撃ち滅ぼしてみせます」
 敬礼をしてから厳かに述べた。
「護国の鬼となって」
「貴様等のこと、何があっても忘れぬ」
 司令は唇を噛み締めていた。その心の奥から湧き起こるものから必死に耐えながらの言葉だった。その耐えているものとの葛藤が彼を苦しめている。しかしそれに耐えながら彼は言うのだった。彼も辛い。しかしこれから散華する者達のことを想い何とかそれに耐えていたのだ。
「だから。行って来い」
「はい、それでは」
 また敬礼をして部屋を後にした。彼の出撃の時が迫っていた。
 十一月二十日、まずは共に出撃する三人と共に記念写真を撮った。海軍士官の礼服に身を包み日本刀と手にして四人並んでの撮影だった。共に出撃するのは福田中尉、渡辺少尉、佐藤少尉の三人である。彼を入れて合計四人の戦士達がいよいよ最後の戦場に向かうのだった。
「後のことは任せろ!」
「靖国で会おう!」
 同志達が最後の言葉を投げ掛ける。彼等も後に続く。しかし今は仁科達を見送るのであった。敬礼し潜水艦に乗り込む彼等に皆が礼服で帽子を振る。海軍の別れの挨拶であった。
「行くか」
「はい」
 皆仁科の言葉に頷いて潜水艦の中に入った。潜水艦は回天と彼等を乗せたまま出撃していく。仁科は最後に回天に乗り込む際に刀とある少女が回天の隊員達に贈った布団を入れた。最後にこの二つと共に死ぬつもりだったのだ。
「・・・・・・悔いはない」
 彼は回天の中に入りながら呟いた。その顔には一点の曇りもなくただ純粋さと清らかさだけがあった。
 彼も同志達もこの二十日に散華した。仁科もまた遺書が残っている。両親等にあてた遺書だ。そして彼もまた最後に辞世の句を残している。こうした歌だ。


 君が為只一筋の誠心に当たりて砕けぬ敵やはあるべき

 この歌のまま散華して果てた。その魂は靖国に入り今もある。
 彼等のことを知る者はもう少なくなってしまった。貶める愚か者達はまだいる。死者を、英霊を冒涜することに何の意識もない者達が。しかし彼等が何を想い何の為に戦い、何を護る為に散華したのか。それは知っておかなければならない。その為にこのことを書き残しておく。彼等のことは歴史に残されている。その歴史のことをここに記してこの話を終えることにす
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