ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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であったブネが、ゆっくりと唇を開いた。
「月があれば、この方は、生きてゆけるのですか」
か細い声であったが、老人は確かに聞き取った。
「そうだ」
「ならば、私は月が欲しい。月を下され」
「ならぬ。王の荒野の彼方に、この男の棲家はある。この男の月もまた、その地にあるのだ」
ブネの涙が二滴、三滴、ヴェルーリヤの頬に落ちた。
「王の荒野――」
「そうだ。お前がその地にたどり着くまで、しばしの別れぞ」
老人は、老人が持つ安らぎの力をほんの少しだけ巫女に行使し、その腕を緩ませた。老人、神ルフマンは、ヴェルーリヤをその腕に抱えて、ブネに背中を向けた。
ブネはルフマンの術によって深い安堵と満足を与えられ、代わりに思考力を失った。彼女は去りゆくルフマンの背を、陶然とした眼差しで見送った。
体に温かい神気が流れこみ、ヴェルーリヤは意識を取り戻した。ぼんやりと目を開け、己の体を抱いて歩く老人の顔を目にした時には、疑いようもないその正体を理解していた。
ルフマンは罰を下すだろうとヴェルーリヤは覚悟した。あれほど間近にいて正体に気付かず、数々の無礼な発言に加え、魔術を用いて刃向ったのだ。しかしルフマンは、予想を裏切り、ヴェルーリヤを彼の寝室のベッドに優しく寝かせた。寝室にはランプの炎が揺れていた。ルフマンはヴェルーリヤが目覚めている事に気付くと、穏やかに微笑みかけた。
「確かに、人間は、お前が思っていたようなものではなかったな」
そう語りかけながら、ルフマンはヴェルーリヤの肩口の、槍で突かれてできた傷を撫でた。傷はたちまち消えた。
「私はその事を初めからわかっていた。それでもなお、願いをかなえ、お前をこの世に生み落とした私が憎いか?」
ヴェルーリヤは首を横に振り、掠れた声で辛うじて答えた。
「いいえ、神よ――」
答えながら、数々の言葉を用いて神ルフマンに縋った数えきれぬ日々を想った。人間の体を返し、もとの存在に戻りたいと願った。ルフマンは願いを聞き入れなかった。しかし、決して、見放されてはいなかったのだ。見捨てられては。
「生きろ。それでもお前は、お前の嫌いな人間を救って生きてゆけ。お前自身の為に」
ルフマンは、両手でヴェルーリヤの右手を包みこんだ。
「生き切れ、ヴェルーリヤ。命の続く限り」
その手から生気を分け与えられるのを感じた。これまでの非礼を詫びなければならないと思ったが、言葉が出なかった。
ヴェルーリヤは、ただ一言、「はい」と答えた。ルフマンは満足そうに微笑みながら、月の光に融けこむように消えていった。ヴェルーリヤもまた満足であった。ルフマンは自分の傍から消えてしまったのではない。目には見えねども、傍にいるのだ。自分だけではなく、ルフマンを想い信仰する全ての人の傍に、寄り添っているのだ。今ではそれが
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