小さな約束
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でも僕はうれしかった。
「美味かった」
銀のスプーンを優雅な動作でおくところを、僕はにこにこして見つめていた。
「閣下のお口に合って何よりでした。僕の手際が悪くて、リンゴが茶色くなってしまったのが気になったのですが」
「リンゴの色か? あれは茶色が当たり前だと思っていたが。私が子供の頃に食べた時も茶色だった。そういえば───」
そこで言葉を区切り、ふと逡巡されるように軽く目を閉じられる。
「最近食べたものは白いままだった。あれはどうしてなのだ?」
「リンゴは酸化するものですから、普通は茶色くなります。白いままというのは、何かそれを防止するものを入れてあったのだと思いますが」
母親から聞いたうろ覚えの知識だ。いや、知識というほどのことでもない。
「なるほど、そのせいで味が違ったのだろう。お前の作ってくれたのは食べられたのだからな」
閣下の言葉で思い当たることがあった。
グリューネワルト伯爵夫人の作る料理の秘密の一つが解けた気がする。
宮廷料理はどうしても見た目を重視する。閣下の料理番は帝国宰相と公爵という立場上、軍部のそれではない。
以前は軍艦に大貴族が乗り込むことも多く、名ばかりの司令官の為に宮廷料理も一緒に持ち込まれた。僕達が普段食べているのは、名よりも実を重視したもので、素早く食べられ、消化吸収もよく、栄養化も高いもの───空腹を満たす、というのはその後にきた。
きっとグリューネワルト伯爵夫人は見た目よりも味や閣下の健康を考え、その為に心を砕いた料理を作っていたのだろう。
もちろん、今閣下の回りにいる人間がそれを考えていないはずはないが、リンゴの酸化を防止したようなことを他にもしているに違いない。
「お下げいたします」
盆を受け取る為に、よりベッドの側に近づくと、見るともなしにパジャマが目に入った。僕がつけたもので、自分の仕事だからわかる。
視線に気づいたのか、閣下が微笑まれた。
「このボタン、つけてくれたのはお前だろう?」
「は? 何を言われます。それはフロイライン・マリーンドルフが……あっ」
盆を取り落とさなかったのは奇跡に近い。
語るに落ちる、とはこのことだ。
「やはりお前か」
「はい、僕です……」
しょぼんと僕は項垂れた。
僕ではない、と言い張るだけでよかったのだ。フロイラインの名前を出してしまうなんて。
閣下のパジャマのボタンをつけたなどと、あのフロイラインから言い回るばすがない。
「あ、あの、どうして僕だとわかったのですか?」
もしフロイラインが嘘をつくのがイヤだと思い直し、正直に述べたとすれば、お前だろう、と尋ねるような言い方はされないだろう。
「自分で気づいてないのか」
近くに寄っ
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