小さな約束
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まってはないだろう。十年も経っているわけでなし。
きっとフロイラインは男性であり、しかも公爵である閣下がボタンをつけられるだなんて想像もしなかったのだろうな。父上のマリーンドルフ伯爵にボタンがつけられるとも思えないし。
幼年学校では回りは男子ばかりだし、今現在もそんな感じで、その手の話題をすることのない僕にでもわかる。
もし帝国宰相にそんなことをさせては、と思ってのことなら、こっそり僕を呼び止めたりはしないだろう。堂々とその為の人間に仕事を申し付ければいい。
閣下の回りには縁談の話を持ちかける人間が何人もいるそうだ。
年齢としてはお若いが、地位から考えるとそれは決して不自然ではない。ローエングラム公爵家にぜひ、と申し出る貴族は山程いるだろう。
ブリュンヒルトにまで写真を持ち込む輩はいないので、私は艦に乗っている時が一番安らぐのだよ、と冗談のように閣下が言われたことがあった。
結婚など考えたことのないような口ぶりで、それよりも先にしたいこと、しなくてはならないことがある、という響きも過分に含まれていた、と僕は感じた。
僕はこっそりと思う。
閣下とフロイライン・マリーンドルフならばお似合いではないか、と。
互いに聡明であられるし、尊敬されあってもおられる。
閣下のお気持ちはわからないが、フロイラインが何らかの好意を持たれているのは間違いない。
「閣下、夕食はいかがでしたか?」
食器を下げるように、と命ぜられて僕は閣下の部屋へと足を踏み入れた。
ベッドサイドのテーブルにおかれているトレイを見て、僕が落胆したのを見て取ったのだろう。
「十分に美味しかったが、動かないでいるとたくさんは食べられないのだ」
そう閣下がおっしゃってくれたのを聞くと、ますます申し訳ない気がした。逆じゃないか、僕が閣下に気を使わせてしまってどうする。
「果物か何か、召し上がりますか? 僕が熱を出した時には、よく母がリンゴを擦りおろしてくれました」
「リンゴか……それならば私も子供の頃に食べたな。お前が作ってくれるか?」
「はい、もちろんです、閣下」
僕は背筋を伸ばして敬礼をして答えた。
恐れ多くて僕の下手くそな料理などはお出しできないが、リンゴを擦るくらいなら大丈夫なはず。
皮を剥くのは少し怪しかったものの、とりあえず僕は一人で仕事をやり終え、透明なカットグラスに盛り付けた。時間の経過を現すかのように少し茶色くなっているのが気にはなったが。
「お待たせしました。どうぞ、召し上がって下さい」
熱がある時は冷たいものの方が喉に心地よいのだろうか。僕が見ている前でグラスは空になった。
食べ残しては悪い、とお考えになる閣下の為に量は少なくしておいたけれど、それ
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