小さな約束
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日のフロイラインはどうも様子がおかしい。いつも背筋を伸ばし、誰に対しても物おじすることなく歯切れのよい口調の人なのに。
フロイラインの痛いほどの視線を感じつつ、僕はボタンをつけ終えた。
糸結びをして、一度表に出し、それからプツンと糸を切る。
「はい、これでできあがりです」
軽くパンパンとボタンの上から叩くと、僕はシャツを差し出した。
「上手なのね、エミール」
言葉以上の称賛の響きが混じっていると感じたのは気のせいではないようだった。
散乱していた糸屑と針跡から推測される事柄を、僕は恐る恐る口に出してみた。
「もしかしたら……ご自分でつけようとされていたんですか?」
「ええ、そうなの。でも巧くできなくて」
「これは、その……閣下のパジャマ、ですよね?」
あら、というようにフロイラインの目が丸くなった。
「あなたならローエングラム公のパジャマ姿も見ているから覚えていても当然だわ。ええ、公爵閣下のパジャマなの」
はにかんだような笑顔を見せるフロイラインを、失礼だと思いながら僕は可愛いと思ってしまった。
「今朝、ご用事があって部屋を訪ねた時、ちょうどあなたはいなくて……ローエングラム公がボタンをつけたいので針と糸はないか、と言われたのでそれなら秘書官の私が、と」
たぶん僕が朝食を下げていた間のことだろう。最近閣下はあまり食欲がないようで、食事を残されることが多い。
栄養士やコックとどうすればもっと召し上がっていただけるか、味付けや食感を工夫してみる必要があるだろうとあれこれ話し合っていたので。
銀河の統一は何百年も前から挑まれ続け、でも誰にも成し得なかった事だ。それを成し遂げようとする閣下に掛かる重責を僕などがいくら想像しても、想像の域を出ないことはわかっている。僕がまだまだ子供だということを差し引いたとしても。
最近は熱を出されることも多く、それは眠っているだけでも体力の消耗を伴う。消耗した体力を補うのには食べることが一番の早道なのだ。
閣下の好物も僕なりにお聞きしてあるが、グリューネワルト伯爵夫人の作ったパンケーキを再現することは無理だった。
単なるレシピの問題だけではない。パンケーキのレシピなど、プレーンのものならそう種類もなかった。僕は十分に美味しいと思ったそれを、閣下は一口二口召し上がると、もういい、とフォークを置いてしまった。
グリューネワルト伯爵夫人だから手に入る秘密の材料があるのではなく、家族の為にという愛情の違いなのだ。そしてそれは他人にはどうしようもない。
僕は僕にできる精一杯で閣下にお仕えしようと思い、そう心掛けているつもりだ。
「ボタンつけは秘書官の仕事ではない、と言われたけれど、帝国宰相の仕事でもありませんと無理やり取っ
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