小さな約束
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特に女性の部屋らしい装飾もない。整理整頓の行き届いた清潔感に溢れた部屋だとも思った。尤も戦艦の中にピンクやレースのカーテンも似合わないだろうが。
「こちらに来て下さる?」
フロイラインはソファに腰掛けて僕を呼んだ。
「はい、いったい何の御用でしょうか?」
何やら道具箱のようなものがテーブルに出されている。
「これ、できるかしら?」
そう言いながら、ソファに置いてあったシャツを僕に見せた。
「拝見します」
何だろう、僕にできることならよいのだが、と内心どきどきしながらそのシャツを手に取る。
仕立てのよいそれに僕は見覚えがあった。
念のために全体を広げて確認する。
間違いなく閣下のパジャマだ、これは。フロイラインが見せようとしていた箇所をよく見ると一番上のボタンが取れている。
「ボタンが取れていますね」
「ええ、そうなのよ」
心底困った、というようにフロイラインは表情を暗くし視線を伏せた。
さらによく見ると、そこには幾つも針跡が残っている。最初にボタンをつけていた跡とは別の新しそうなやつが。
「エミールはボタンをつけられる?」
「は? ボタン、ですか?」
僕は一瞬自分の耳を疑った。
耳は悪くはない。悪かったら幼年学校に入学する時の身体検査に引っ掛かるし、艦にも乗せてもらえないだろう。
「このパジャマのボタンですね」
それらしいものがテーブルに置いてある。
「つけられますけれど……」
手を伸ばしてボタンを拾い上げた。別に割れている様子もない。
スナップが割れることはないが、ボタンはたまに割れてしまうことがあり、そうすると仕立て屋でもつけ直せないだろうが。
「つけてもらえるかしら」
「はい、お安い御用です」
一礼してシャツを持って下がろうとする僕を、フロイラインは血相を変えて引き留めた。
「あ、あの、ここでつけてもらいたいの。道具はあるから」
僕としては女性の部屋に長いことお邪魔していては申し訳ないと思い、針や糸ならば自分の部屋にあるから、そこで仕事をしようと思ったのだ。
「でも……」
いいんですか? という視線を込めて僕は室内をぐるりと見回す。
「もちろん、かまわないわ。私がお願いしているのだし」
「では……」
僕はもう一度お辞儀をしてからソファに腰を下ろした。
テーブルの上をよく見ると、切れた糸が何本も散乱している。シャツの新しい針跡も気になったが、僕はとりあえず新しく糸を切り、針に通した。
「あの……フロイライン?」
ふと気づくとフロイラインが僕の真横に座り、手元を覗き込んでいる。
「あ、ああ、邪魔になったかしら? 手元が暗い? だったら明かりを持ってくるわ」
今
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