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Lirica(リリカ)
ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
―5―
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 5.

 ヴェルーリヤは群晶の前に椅子を設けて老人を待った。一番大きな水晶を睨みつけて待つ内、老人が現れて、皮肉っぽい口調で言った。
「今日はお前の神の名を呼ばんのかね?」
「もはやジェナヴァに神はおらぬ」
 神を待つ日々に疲れ切ったヴェルーリヤは、殺気立った声で答えた。
「神殿が閉ざされて以来、外界で何が起きた」
「ほう、お前が私に教えを乞うのかね。これは驚いた」
 老人はわざとらしく目をくりくり動かしてから答えた。
「そうさな、何と言っても一番大きな出来事は、歌劇が行われた事かの」
「歌劇?」
「そうだ。全く、お前は物を知らなすぎる。水相という相があってだな。様々な技術が他の相に比べぬきんでて発達した相だった。水相はその力で他の相に侵略し支配した」
 ヴェルーリヤは暗い(まなこ)で老人を見つめ、先を促した。
「水相による支配から逃れるべく動いたのが、発相におけるタイタス国だ。ネメスの都で神レレナとネメスの託宣によって魔性の歌劇が書かれた。その歌劇が上演されることによって、水相は没落した」
「レレナとネメス……。それほど高位の神々が何故、人間の身勝手な争いに手を貸したのだ?」
「さてな。神の考えを知ろうとするな。ろくな事にならん」
 最高位の神レレナの名に、ヴェルーリヤは驚いた。レレナは原初の混沌の神であり、陰陽と調和を司る。水相はレレナの目に余るほど、階層の力の調和を乱したと言うのだろうか。
「時が来た、という事だ」
 胸中を汲んだように、老人は言った。
「不変のものなど人の世には存在せぬ。水相も、またその他の多くの相も、それを思い知らされたというだけの事だ」
「この相の領界の揺らぎも、歌劇が書かれ行われた事と関係しているのか」
「無関係とは言えんな」
 ヴェルーリヤは椅子から立ち上がり、空に顔を上げた。
「こら。人から物を教わったら礼くらい言わんか」
 老人を無視し、揺らめく相の境界を、昨晩よりも慎重に探った。そうして、己の気配を限りなく無に近付けて、炎の線を越えた。
 またも巫女の後ろ姿と、彼女を守り取り巻く赤黒い花が見えた。真っ白い世界には、床もなく、壁もなく、無数の窓が変わらず青空を映していた。
『オリアナ。ブネは何をしている』
 耳を澄ますと、高圧的な女の声が、いずれかの窓から聞こえてきた。
『変わらず白の間におこもりになられたままでございます、ニブレット様。侍従長が説得を試みておりますが、入室さえままならぬと』
『ふん……無能が!』
 ああ、と巫女が耳を塞いだ。そして、首を左右に振りながら、また、ああ、と声をあげて嘆き、すすり泣きを始めた。
 彼女もまた人間を恐れているのだとヴェルーリヤは理解し、久方ぶりの憐憫の情が胸に湧くのを感じた。すると、ヴェルーリヤの感情に呼応するように
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