ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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しだすと、顔を上げ、困り果てた様子で目をあわせた。
「そなたが侵犯する領域は、根と伏流の神ルフマンの加護を受けた聖域であり、私の棲家だ。そなたの力の流入によって聖域の平穏は破られようとしている。手を引いていただきたい」
巫女の瞳が潤み、口は何かを言いたげに小さく開いた。そして拒否を示し、首を横に振った。
「聞き入れて下され。私は荒事は好かぬ」
巫女は両手で顔を覆い、激しく首を横に振り続けた。彼女は声を立てず泣いた。両手の間から涙がこぼれ落ち、衣にしみを作った。ヴェルーリヤは居たたまれない気持ちに耐えた。
次に巫女が顔を上げた時、その目は血走り、目尻は吊り上り、歯は鋭く尖って血を欲する牙となっていた。辺りに獣の臭いが満ちた。
しかし、獣の目で身構えたヴェルーリヤの顔を凝視する内、牙は鋭さを失い、目はもとの形となり、悲しい光が宿った。
巫女は化生(けしょう)の相貌と人間の相貌を、交互に形作った。それは、彼女の狂気と正気が激しく相争う様そのものであった。
周囲の様子に気を払えば、夜を映す窓に、懐かしいジェナヴァの町並みと、その灯りが見えた。
昼を映す窓には、雪に閉ざされた荒廃した街並みが見えた。家々の平屋根は厚い雪を乗せ、通りには瓦礫が散乱し、折れた矢が散見される。そうした戦の痕も今は、冬の寒さに沈黙するだけだ。窓からしんしんと押し寄せる冷気を感じた。この冬と荒廃が彼女の現実なのだ。何と寒々しい光景だろう。彼女は何を失い、如何なる傷を受けたのだろう。
それでもヴェルーリヤは、またも縋りつくブネの両肩に手を添え、彼女を引き離した。
ブネの唇が大きく裂けた。目が吊り上り、牙を剥く。獣臭が鼻腔に満ちた。
危険を感じ、ヴェルーリヤは即座に彼女の領域から撤退した。首筋に食らいつこうとした牙が噛み合わさるカチリという音が、間近で聞こえた。
テラスに戻ったヴェルーリヤは、力を振り絞って強引に境界を閉ざそうとした。
遅かった。空に渦巻く炎は月ほどに小さくなったが、レレナの巫女の意思が領域の死者に入りこみ、それがまた別の死者たちへと瞬く間に伝播していく様子が肌で感じられた。
眼下で、番兵たちの槍の穂先が不気味にきらめいた。背後で、施錠されたテラスの木戸が激しく叩かれた。ヴェルーリヤは唇を固く結び、光を宿す指先で、ルフマンの神印を結んだ。
木戸に戦斧が打ちこまれ、木っ端微塵に砕けた。現れた番兵に向けて、ルフマンの神印より無数の水の刃が放たれ番兵を粉砕した。その亡骸を踏み越え、ヴェルーリヤは屋内へと退避した。直後、彼が立っていたテラスに、矢の雨が降り注いだ。
「ルフマンよ、我に加護を」
襲い来る槍と剣をかわし、書庫で得た魔術の知識で番兵を薙ぎ倒しながら、階下へと進んだ。その全てが、初めて身を守る為に用いる術であった。一時
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