ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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敵意であった。殺意だ。
群晶の間の扉を開け放ち、屍の番兵が槍を振りかざし、ヴェルーリヤに向かってきた。
ヴェルーリヤの指先が胸の前で弧を描き、その軌跡から放たれた閃光が番兵を弾き飛ばした。
番兵の五体がちぎれ飛び、槍が落ちた後、神殿に静寂が戻った。
老人は消えた。だが、誰かが、誰かの意志が、ヴェルーリヤによる長き支配を超えて、屍に干渉した。
神殿を統べる力の均衡が既に崩れている事を、ヴェルーリヤもついぞ、認めざるを得なかった。
※
今、神殿を覆う夜空には、大いなる炎が赤く渦巻いていた。傍らでひっそりと光を放つ月は、秒ごとに満ちていく様子さえ目に見えるようだった。
ヴェルーリヤはテラスに立ち、神殿の屍と亡霊を支配する腐術の強化に集中していた。隙あらば死者達をヴェルーリヤの手から掠め取ろうとする、木相から流れこむ馴染みなき力の存在を、炎の渦から絶えず感じる事ができた。
その力の背後にある神はレレナに違いない。あの巫女はレレナを奉じる巫女であるらしかった。ヴェルーリヤの父、根と伏流の神ルフマンよりも、遥かに高位の神だ。ヴェルーリヤは心に渦巻く畏れに打ち勝とうとした。神の力と、それを借りて行使する人間の力は、全く別のものだ。レレナの巫女を石相から閉め出す事は、レレナに刃向う事と同義ではない。そう己に言い聞かせていなければ不安だった。
ヴェルーリヤには、己以外に頼れる者はなかった。あの不愉快な老人は、どうやらあれでも、聖域内の均衡の維持に必要な存在であったらしい。滅した事は浅慮であった。
首を横に振り、雑念を払う。
「……私は、この居場所を失うわけにゆかぬ」
銀の瞳から感情が消え、意識が炎の渦を潜った。
その先は、白く静まり返った世界だった。空間には清浄なレレナの神気が満ち、肌を優しく刺激した。
レレナの巫女は、ヴェルーリヤに背を向ける形で椅子に掛けていた。真昼の青空を映す無数の窓は、ヴェルーリヤの出現によってその半数が夜の星空に変わり、気配を察知した巫女は、音もなく立ち上がった。
振り向いた巫女の顔を、ヴェルーリヤは初めて見た。後ろ姿からは疲れて老けこんだ印象を受けたのだが、正面から見れば、思ったよりも若い女だった。ふっくらした頬と垂らした前髪のせいで、子供っぽくさえ見える。黒々と艶めく瞳を向けて、巫女はヴェルーリヤに、嬉しそうに笑いかけた。
「ブネ、と申されたか」
ヴェルーリヤは、穏やかに語りかけた。巫女は白い衣の裾をはためかせて駆け寄り、言葉もなくヴェルーリヤの体に腕を回し、抱きついた。肩に巫女の顔が押しつけられ、困惑しながらも、ヴェルーリヤは話し続けた。
「石相にある我が領域への干渉をやめて下さらぬか」
巫女はしばらくの間、ヴェルーリヤに抱きついたままでいたが、ようよう言葉を理解
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