ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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、女が泣くのをやめ、振り返ろうとした。
「同情してはならん!」
老人の声によって、ヴェルーリヤの意識は群晶の間にある己の肉体に引き戻された。
「何故、邪魔をする!」
「無謀な真似をするな。覚悟を伴わぬ憐憫は、身の破滅にしかならんぞ」
「貴様には関わりのない事であろう」
「過去の失敗の理由がわからんのか」
水晶の中で、老人の顔が大きくなった。
「お前に人間の何がわかる? お前が人間をよく知り、人間に必要な物が何であるかを知っているというのなら、わしは止めんかった」
ヴェルーリヤは怒りに頬を染めながら、老人から顔を背けた。老人は言い募る。
「お前は人間をもっとよく知る事ができた筈だ。人間の中で生きる知恵を身に着ける事もだ。だが、ヴェルーリヤ、お前はそうはしなかった」
「人間は私を害し殺そうとした。そのような連中の何を知る必要がある」
殺される恐怖を思い出し、震え出しそうになった。
「私が邪魔であるならば、ただジェナヴァの町から出て行くよう言えば良かったのだ。ならば、私は従った。なのに何故、人間たちはあのような仕打を!」
「それはお前も同じ事だろうが。あの晩、人間が怖いなら、ただお前が人間の前に姿を現さないでおればよかったのだ。死にゆく人間たちに門を閉ざし、みすみす見捨てる必要はなかった。ヴェルーリヤ、お前は臆病だ。臆病ゆえ、人間たちは死んだのだ」
「違う! 人間たちの末路は彼らの自業自得だ!」
「お前は」
老人の顔が水晶の中をうつろい、ヴェルーリヤの眼前に来た。ヴェルーリヤはなおも顔を背けた。
「人間たちを見殺しにし、その行為を正当化し続けるために、成熟する事もなく、安全な神殿に引きこもり、人間を憎み、自分を憐れみ、神に縋り」
「黙れ」
「ただその為に何百年の時を無駄にしたというのだ?」
「黙れと申しているであろう!」
ヴェルーリヤの銀の瞳に、怒りと恐怖が散った。老人を黙らせなければならないと、彼は強く思った。そうしなければ、長い長い平穏が、崩れ去ってしまう。この老人は相の異変を知らせに来たのではない、相の異変をもたらした元凶であると思えた。ヴェルーリヤをもう一度外に駆り立てて、殺してしまう為に。
ヴェルーリヤの右手に、冴え冴えとした氷の閃光が宿った。
「私が時を費やして学んだ事は、こういう事だ」
閃光が手から放たれ、水晶を打った。書庫の古き魔術書に記されていた通り、意に沿わぬ者の気配が散逸し、消え去る手応えを得た。
水晶に、刃で刻み付けたような一筋の傷が残った。ヴェルーリヤは感覚を研ぎ澄ませ、不愉快な老人の気配が残っておらぬか確認しようとした。
老人の気配は、もうどこにもなかった。
代わりに、明確な敵意を持つ者が、階下から来るのを感じた。それは、かつて人々から向けられたのと同じ種類の
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