ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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を覆いたくなるような災いがもたらされる事は明らかであった。
「行かなくてよいのか?」
唐突に何者かの声を聞いて、ヴェルーリヤは群晶の間で背筋を伸ばした。長らく煙が渦巻くだけであった水晶の内部に、銀の髪と、銀の髭を伸ばした老人の顔が映りこんでいた。ヴェルーリヤの誰何には応じず、老人は白銀の目で、ヴェルーリヤを見つめ返した。
「よいのか? このままで。あの夜毎の乱痴気騒ぎをやめさせなければ、地霊の怒りは収まらぬ」
ヴェルーリヤは顔を背けた。
「私にその手立てはない」
「本当にそうか? お前は考える気がないだけじゃろう」
老人は残酷に言い募る。
「本当に、よいのか? このまま見過ごすのか?」
考えなければならないと、ヴェルーリヤはわかっていた。この得体の知れぬ老人の言う通り、人間たちが大いなる災禍に呑まれるのを見過ごしたいと、そのような事は思っていない自分自身に、嫌でも気付かざるを得なかった。
それでも、町に行くことを思うと怖かった。人間たちは、今度こそ自分を仕留めるであろうと予測できた。人間の事を思うだけで、顔は青ざめ、体は震えた。ヴェルーリヤは人間が怖かった。今や世界中の何もかもが怖かった。
老人は執拗に囁く。
「多くの人間が死ぬぞ?」
「黙れ!」
耐えきれずヴェルーリヤは叫んだ。耳を両手で塞ぎ、激しく首を左右に振った。
「黙れ……やめてくれ……」
それからひと月と経たぬ晩であった。
ついぞ、膨張した地霊の怒りが陸を裂き、ジェナヴァの中心街を底知れぬ奈落へと呑みこんだ。その大地の亀裂は黒い瘴気を噴き上げて、町を覆い尽くそうとした。
人々は無駄な抵抗を試みて、瘴気に呑まれ死んだ。生き残った人々は武器を手に、船に乗り、ルフマンの神殿が聳える小島へと船を漕いで押し寄せた。
人が来る。武器を持って。
ヴェルーリヤにはこの後起こる出来事がはっきりと予測できた。
初めの内、人々は、この傷の痛みを取り除いてくれと縋りつくのだ。
そうして目先の苦痛から逃れた後、この災厄が何によってもたらされたか、考えようとする。
そして、ヴェルーリヤが何を説こうとも、彼らの暮らしがもたらした災厄であるとは、認めやしないのだ。
彼らはヴェルーリヤを疑い、誹謗し、殺すのだ。
侮辱し、陥れ、殴り、蹴り、鞭で打ち、引き回して見世物にするのだ。しかるのち剣で斬りつけ、矢を射かけて殺すのだ。
上陸した人々が、恐慌に駆られ悲鳴を上げながら、神殿の門に殺到した。
ヴェルーリヤは何も考えなかった。ただ己の恐怖に任せて、固い結界で神殿を覆った。
殺到した人々は慈悲を乞いながら門を叩いた。
開かぬ門。叩けども叩けども応じる者はない。
やがて、地霊の怒りは海を越え、門前に殺到する人々の姿を呑みこんだ。
人々が
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