ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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まわしき過去の記憶の中にしか存在しない事を思い出すと、安堵し力を抜いた。
彼はテラスに出て、満ちつつある月に目を向けた。その目は鋭く、荒んでおり、かつてジェナヴァの町で人々を癒やし歩いていた頃の柔和さや優美さは失われていた。彼はその目を閉じ、額に隠された内なる目の視力を研ぎ澄ませた。閉ざされた海の端まで意識を飛ばすと、聖域と外界のあわいに揺らぐ炎の線が見えた。
ヴェルーリヤの意識は、炎をくぐりその先へ進んだ。
白い世界が広がっていた。ルフマンの神殿を包む時空を侵犯し、月の満ち欠けに干渉する、別の時空であった。ヴェルーリヤはなお額に意識を集め、慎重に白い世界の奥へとあらざる目を凝らした。
そこは、ヴェルーリヤには縁薄い、昼の世界であった。
女が見えた。
赤黒い魔性の花に取り囲まれ、その蔦が絡む椅子に、巫女の白装束に身を包んで座り、背中を向けている。
壁も床も見えなかった。窓だけあった。青空に繋がる矩形の窓が、女を左右から挟んで前後に連なり、その窓の一つに、ヴェルーリヤの影が映った。
常人には感知せざるその影に、女は激烈な反応を示した。
女が振り向く動作が見えた次の瞬間には、真っ赤な口と牙が、眼前に迫っていた。ヴェルーリヤは即座に、神殿のテラスに立つ、自分の肉体に意識を戻した。
追いすがる巨大な手の存在を、遥か沖に感じた。ヴェルーリヤは強引に結界を閉ざした。
彼は元通り、夜のテラスに立っていた。汗をかき、心臓は激しく脈打っていた。
「誰れか来たれ!」
たちまち、屍の番兵と透き通る亡霊達が壁を通り抜けて来た。亡霊達に人であった頃の記憶はなく、人間の姿さえも失いかけている。ヴェルーリヤは亡霊達に、結界の綻びを探すよう命じた。
「我には門しか見えない」
輪郭が崩れ、白い布切れのようになった目のない亡霊が後に残り、言った。
「開かぬ門。叩けども叩けども応じる者はない……」
ヴェルーリヤはその、白い布切れのような者の腹に、おぼろげながらギャヴァンの神印が刻まれている事に初めて気が付いた。己の姿を忘れても、神の名を借りて威光を振りかざす傲慢さだけは、死してなお覚えている。
恐怖に衝き動かされ、ヴェルーリヤは番兵の手から槍を取り上げた。きらめく穂先が亡霊を切り裂いた。亡霊は声もなく滅した。
途端、四方から押し寄せる殺意を感じ、ヴェルーリヤは凍りついた。その殺意がどこから来たものか、探るまでもなく明らかだった。神殿中の番兵や、亡霊達からであった。
殺意はすぐに消えた。番兵一人一人の精神を探っても、精神と呼べるものは存在せず、遠くの亡霊たちに意識を飛ばしても、彼らに明瞭な感情はなかった。
剣を持ち弓を持ち、ヴェルーリヤをジェナヴァの町から追いやった人間の屍が、番兵達の中にあるのだろう。その者の過去の殺意
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