A's編
第三十二話 裏 中 (フェイト)
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しかし、過去の記憶が、経験が、あの目の前で隣を望んだ人から投げつけられた無遠慮な言葉が、ナイフの様に心に差し込まれた言葉が、心が完膚なきまでに傷つけられた記憶がフェイトに二の足を踏ませる。
「わたしは………」
もしも、彼女に幸せな記憶があれば、それが勇気になったのかもしれない。だが、彼女には確かなそれがない。あるのは、自分の代わりとなったアリシアが経験した幸せな記憶だけだ。
「ねえ、フェイト。ここから始めてみない?」
喜びと不安のはざまで葛藤していたフェイトは、突然、間近でかけられらた言葉に驚いて顔を上げるそこにあったのは自分と瓜二つの容貌。ただ、その表情にはおそらくフェイトが浮かべているであろう表情とは異なる笑みが浮かんでいた。まるで、フェイトの心の内を知りながら、祝福するような笑みだ。
「今まで母さんの言うことを守ることしか考えていなかったフェイトが自分を始めるのは難しいかもしれないけど、でも、お兄ちゃんの隣ならきっと大丈夫だから」
その笑みに、言葉に安心してしまう。先ほどまで欲しかった少しの勇気が少しずつ分けられているような気がした。彼女は、自分自身であるはずなのに、自分が産んだ虚像であるはずなのに、その笑みには不思議と力があった。
「ほかの誰が言っても信じられないかもしれないけど、それでも―――自分自身の言葉なら信じられるでしょう」
違う、違うとフェイトは彼女の―――アリシアではない、彼女の言葉を否定していた。蔵元アリシアはフェイトが生み出した虚像だ。その彼女がこんなにも明確に意思を示せるはずがない。ならば、彼女は―――。
フェイトが最後までその答えを導き出すことができなかった。なぜなら、フェイトがその先の答えにたどり着きそうになった直前に彼女は、自らの首に下がっていたあるものをフェイトに差し出したからだ。それは、フェイトの思考を止めるには十分なものだった。
「それに―――フェイトは一人じゃない。ずっと一緒だった人がいるでしょう?」
彼女に告げられて、フェイトは初めて自覚した。
そう、そうだった。彼女にはいたじゃないか、いつだって、彼女の隣に。何も言わず付き合ってくれた相棒ともいうべき存在が。母親しか、彼女の役に立つことしか考えていなかった自分に献身をささげてくれた存在が。
「あるふ……ばるでぃっしゅ……」
思わずといった感じでフェイトの口からその存在の名前が出てくる。
アルフ―――言わずと知れたフェイトの使い魔。彼女がどんな恩義を感じてくれているかフェイトにはわからない。だが、常に一緒にいて、彼女のそばに寄り添ってくれたのは彼女だ。忘れていたわけではない。フェイトに取ってアルフがそばにいることは当然だったからだ。今までも、そしてこれからも――
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