A's編
第三十二話 裏 中 (フェイト)
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トではないが、もう一人のフェイトなのだ。
ならば、名前が異なろうが、意識が異なろうともあそこで笑い、母親に名前を呼ばれ、微笑まれ、抱きしめられ、大好きな兄からは名前を呼ばれ、頭を撫ででくれるような自分はフェイトなのだ。
―――うん、これでいい。これでいいんだよ。
捨てられるような、贋物と呼ばれるような自分は自分ではない、と自らを守るために作った人格が、皮肉にもフェイトの心を凍らせていく。受け入れられたのは、自分ではなく、蔵元アリシアなのだから、フェイトたる自分は心揺らす必要もない。ただ今はぬるま湯に浸かったような心地よさに身をゆだねながら、蔵元アリシアの生活を夢見心地で見つめる。
これでいい、これでいい、と自分に言い聞かせながら。
だが、不意に心の隅から浮かんでくる問いが時折フェイトの心にチクリとした痛みを与える。
―――ああ、自分は一体何のために生まれてきたのだろうか?
その問いに答えはなかった。
◇ ◇ ◇
「フェイトちゃん、聞こえる? フェイトちゃん」
「…………だれ?」
蔵元アリシアの彼女の理想ともいえる生活を夢見心地で膝を抱えたまま見ていたフェイトだったが、久しぶりに呼ばれる自分の名前を聞いて、少しだけ意識を覚醒させた。もっとも、それは微睡の中、わずかに瞼を上げた程度のもので、覚醒にはほど遠いものだった。それでも、過去に自分が望んだ名前を呼んでくれる存在がいるとなれば、―――しかも、彼が夢見心地ながら聞いていた彼女が大好きな兄の声であるならばなおの事だ。
うっすらと開いた瞼の向こう側には、蔵元アリシアの目を通して見ていたそのままの柔らかい微笑みを浮かべた兄―――蔵元翔太が立っていた。
一瞬だけ、その微笑みに夢の中の自分の様に喜びの感情が浮かび上がってきた。しかし、その感情はすぐに別の思考によって押しつぶされてしまう。
―――違う、違う、違う。この人は、私のお兄ちゃんじゃない。アリシアのお兄ちゃんだ。
フェイトにとって、蔵元翔太とは、フェイトが作り出した蔵元アリシアの兄ではあっても、フェイトの兄ではなかった。半分、夢見心地で彼の優しさに触れていたとしても、一度、母親に手ひどく裏切られた記憶が翔太のことを信じようとする心を縛ってしまう。
信じたい、だけど、信じられない。もしも、信じた、信じようとした先にまた捨てられてしまったら、あの微笑みが嘘だったとしたら、今度こそ、フェイトの心はガラス細工のように粉々になってしまうだろう。無意識のうちにそれがわかっているフェイトは、自分の心を守るために信じたい心に蓋をする。
「嘘だ………わたしにお兄ちゃんなんていない………私には母さん………母さんだけ」
そう、
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