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Lirica(リリカ)
ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
―3―
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「ならばギャヴァンの御印に手を触れ、跪くがよい」
 相手が動けずにいると見るや、総督はなお高らかに、自信を漲らせて民に言い聞かせた。
「皆の者! 本国よりもたらされた我らが神ギャヴァンの威光がよくわかっただろう。ギャヴァンは享楽の神であるが、その享楽は勤勉、勤労を前提としたものであるぞ。日頃、施術によって報酬を得る我らを強欲であると言う者がおる事も存じておる。だが、施術もまた労働である。施術という労働の価値は、皆の報酬によって支えられておるのだ。報酬なくして勤勉に働こうという者がこの中におるか?」
 民はざわつく。
「無報酬の労働は、労働の価値を卑しめ、人を怠惰に、物を無価値にする。その様な行為をさも有難げに敷衍(ふえん)せしこの者ぞ、ナエーズの邪神の手先、怠惰と腐敗の手先であるぞ!」
 ざわつく声は秒ごとに高まり、魔物だ、と誰かが言うと、瞬く間に同じ言葉が人々の間に広まった。
「騙してたんだ」
 真後ろで声が上がった。
「そうだ! お前達はこの者に騙されておったのだ!」
 危険を感じ、逃げようとしたヴェルーリヤは、後ろを向いた途端、頬に渾身の殴打を受けた。
 床に倒れたヴェルーリヤは、全身から自分の知らない力が迸るのを感じた。
 不吉な音を立てて、施療院の全ての窓に、大きな亀裂が走った。
 顔を上げたヴェルーリヤは、沈黙した人々が青ざめ、恐怖している様子をその目で見た。
「この――」
 ヴェルーリヤが恐怖した瞬間、またも音を立てて、今度は大砂時計が砕け散った。白い砂がさらさらと床にこぼれ落ち、その音の中、人々が凍りつく。
 やがて、誰かが鬨の声をあげた。それを合図に人々が雪崩を打って詰めかけ、ヴェルーリヤを取り囲んだ。
 立ち上がろうとしていたヴェルーリヤは、側頭部を蹴りつけられてまた倒れた。全く予想もしていなかった痛みと衝撃であった。彼が自ら引き受け、吸い取った人々の苦痛は、これほどまでの苦痛を彼自身に及ぼしはしなかった。彼は誓って、人間に危害を加えたり、自分がそうすることを願った事はない。しかし人間は自分を殺そうとしている。髪を鷲掴みにされた時、ヴェルーリヤははっきりとそう感じた。振りほどこうと上げた両腕は、たちまち何本もの腕によって取り押さえられ、立ち上がらされた。執拗に殴打されながら、ヴェルーリヤは悲鳴を上げた。その声は誰の心も打たなかった。
 ほどなくしてヴェルーリヤは意識を失い、倒れた。それに伴い、人々の恐慌は一時、収まった。
 痛みに喘ぎながらぼんやりと意識を取り戻した時、声高に演説する総督と、追従するギャヴァンの神官の声を聞いた。
 彼らはヴェルーリヤの父たる神ルフマンが、いかに穢れた存在か、いかに許しがたい穢れかを、説いている最中(さなか)であった。
「違う」
 ヴェルーリヤは朦朧としながら、焦点
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