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Lirica(リリカ)
ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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いた。神を見世物にする行為に、ヴェルーリヤは耐えがたいほど不快なものを感じた。しかし、足許に横たわる、傷ついた奴隷の縋りつくような目に気付くと、しゃがみこんでその手を包みこみ、痛みから解放してやらずにはいられなかった。神ルフマンの御業によって、そのように生まれついたのだ。願いをかなえて生きる為に。ヴェルーリヤが奴隷の痛みの除去に集中し始めると、総督は彼が勝負に乗ったものと見做した。
 見物人達は既に、ギャヴァンの施術師のこれみよがしな施術に魅了されていた。瀕死の病人の熱が引き、欠損した体が再生し、見るも無残な傷跡が消えてなくなる様子は、傍目には正に奇蹟と呼ぶべきものであった。
「人間は、健康な体で満足に生きる道を追求するべきだ。そうは思わんかね」
 高座の総督が満足そうに言い放った。
「相応しい代償を払いさえすればな」
 ヴェルーリヤは額に汗をかきながら、月から得られぬ分の力を体の芯から振り絞った。それでも、砂時計の砂がみな落ちるまでもなく、勝敗は明らかであった。
「我が手の者の施術によって癒えし者は起立せよ!」
 代表の最も腕が立つ施術師も、顔を真っ赤に染め汗をかき、肩で息をしていたが、総督の呼び声に応じて十数人が立ちあがると、満足してヴェルーリヤに蔑むような笑みを向けた。ヴェルーリヤによって苦痛を取り除かれた人間は十にも満たず、その上、怪我や病そのものを癒されたわけではないのだ。
「数えるまでもないな」
 総督が、高座から立ち上がった。ゆっくりと段差を下りると、ヴェルーリヤに一歩ずつ歩み寄りながら、おもむろに腰に手をやって、瑪瑙(めのう)で彫られたギャヴァンの神印を見せつけた。
 ヴェルーリヤはおぞましいものを感じ、後ずさった。
「怖いのか」
 総督は神印をかざし、声を張り上げた。
「神の御印を恐れるとは、これぞ魔性の者の証! 敬虔なジェナヴァの民よ、皆はそうは思わぬか」
 見物人達がぞよめき、示し合わせたように、ギャヴァンの神官が総督にすり寄った。
「いかにも総督閣下の仰せの通りでございます。彼の者が崇めし神ルフマンはナエーズの蛮族どもの神であり、そのナエーズは邪神崇拝の穢れた地。彼の者は民の弱みにつけこみ(たぶら)かす、まさに邪神の手先の魔物にございましょう!」
「違う!」
 ヴェルーリヤは声をあげた。総督が、なお瑪瑙の神像を振りかざし迫った。ヴェルーリヤは吐き気を感じ、また一歩後ずさる。ヴェルーリヤの目には、神像から立ち上る黒い瘴気がはっきりと見えた。
 ギャヴァンそのものは決して邪な神ではない。彼らの、ギャヴァンへの信仰の仕方が邪なのだ。彼らの欲と傲慢が、瘴気の正体だ。
「神は、国も人も選ばぬ」
 総督と忌まわしき神像に一歩ずつ迫られ、じりじりと側廊に追い詰められながら、ヴェルーリヤは弱弱しく言った。

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