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横浜事変-the mixing black&white-
人間はいつだって解読不可能な怪物である
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の大事件が発生している。それ故に、こちらの騒動を認知していてもあえて通り越すしかないのだ。

 「ま、それも時間の問題だ。だからこそ早く始めなきゃならねぇ。準備だ、ミル」

 「……うん、分かってる」

 「ん?なんか元気ないな。どうかしたか?」

 ミルのぎこちない様子に、意外にも気付いたルース。ふとミルは、一人で抱えるよりも同僚に話してみた方が良いかもしれないと感じ、簡単に話してみる事にした。自分が笑えること。人なりに人を気遣えること。殺し屋ではなく、ただの人殺しであること――。

 「なんだ、そんなことで悩んでたのかよ」

 ミルから話を聞いたルースは、何でもないとでも言うように肩を竦めた。ミルの予想では、彼も自分ぐらいに悩むものだろう、問いには答えられまいと踏んでいたのだが、あまりに違いすぎる反応に呆然としてしまった。

 「どうしてそんなに軽く笑えるの?」

 そう聞いてみると、太い腕の同僚は「じゃあヒントな」と言って人差し指を立てた。

 「それはお前が人間だからだよ。笑ったり泣いたり、ときには人も殺せる。全てはお前の人間としての理性があったからこそなんだ。と同時に俺も人間であって、お前と同じ人殺しなのさ」

 ミルが何か返すよりも早く、ルースはメンバーの集う楽器の元へと歩いていった。残ったのは、観客から湧き出る喧騒と遠くから響くパトカーのサイレンとミルだけだった。

 ――人間だから、笑えるし悩むこともできる?それに人を殺せる。それは機械には成せないこと。

 そこまで考えて、ミルは空を見上げた。地上から漏れ出た人工の光は空高くに昇り、灰色の雲はほんのりと明るい。自分よりも何十倍もの背を持つビル群が空を幾何学模様に区切っていて、どこか窮屈な感じがする。

 そんな夜空に対し、ミルは長い長い息を吐いた。

 ――そうか。そういうことか。

 ――私の求める『殺し屋』の理想が高かったんだ。だから、成功も失敗にしか見えなかった。

 そのとき、ミルは自分が笑っている事に気付いた。それは自分自身に対する嘲笑でもあり、深いしがらみから抜け出せた解放感からくるものでもあった。

 人間だから。たったそれだけのこと。自分は化物でも殺人鬼でもない。理性をもって人を殺す人間なのだ。

 無論、普通の人間からしてみれば限りなくぶっ飛んだ考えではあるが、彼女の住む世界においては心地いい解答であった。

 ――なら、この狭苦しい夜空に響かせよう。私が人間である証拠を。殺し屋のミル・アクスタートであり、ボーカルである金森クルミの声を。

 新たな決意と理解を胸に、白髪の殺し屋は歩き出す。

 横浜というステージで、自分の存在を克明に切り刻むために。
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