ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
―1―
[1/5]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
1.
黒く波打つ海が岸を洗う小島で三点鐘が鳴ると、神殿の門前に折り重なる死者達が一斉に身を起こす。陰鬱な響きが沖の彼方に消える頃には、死者達はめいめい弓と槍を持ち、それぞれの持ち場についている。それまで警備についていた死者達は、入れ替わるようにその場に倒れ伏す。この海上神殿に明けない夜が訪れて以来、鐘の音だけが時を告げ、死者達は鐘だけを頼みに意思なき行動を続けていた。
神殿の裏の洞窟では、やはり物言わぬ死者達が、魚の脂を搾る作業を続けていた。朽ちた手がもげ落ち、労働できなくなった死者があると、他の死者達が崖の上からその骸を海に突き落とした。そして、稀に沖から流されてくる死者があると、迎えて仲間にした。
神殿の内部では、八つの礼拝所と八十八の部屋で黄鉄鉱が打ち鳴らされ、不条理な力に支配された骸骨たちが魚の脂のランプに火を入れた。
その明かりによって、一人の青年が目を覚ます。青年は根と伏流の神ルフマンに奉仕する神官の衣に身を包み、青白い顔に半月の光を集め、目には起きぬけとは思えぬ鋭い光をらんらんと輝かせていた。
青年は骸骨が捧げ持つランプを受け取ると、火の中に砕いた蛍石を投じた。濃い紫の燐光が、青年の姿を包んだ。青年は天蓋つきのベッドを離れ、寝室を出た。いつも通りの、彼の無益な一日の始まりだった。
彼はまず、書庫に向かった。何に使われる事もない知識を蓄える為に、彼は一日の大半を書庫で費やすのだった。
途中の廊下で、彼は異変を感じ足を止めた。
何かが違う。
違和感の源へ、彼の眼はまっすぐ吸い寄せられた。
月が、満ち始めている。
「誰れかあれ」
張り詰めた声が廊下に響くと、前後の闇から青い鬼火を纏う亡霊たちが引き寄せられてきた。
「月を見よ」
青年は窓にランプを掲げた。
「永遠に変わらぬと思われたこの夜の半月が満ちつつある。故を知る者はおらぬか」
「我には門しか見えぬ」
目のない亡霊が答えた。
「開かぬ門。叩けども叩けども応じる者はない。慈悲を乞えど、押し寄せる波の音を海に打ち返すばかりの高い門。ああ」
「闇さえも押し潰すとう沈黙にも寄せ来る、揺らめくものを感じます。神々も沈黙を守りはすまい」
輪郭を失いかけた亡霊が、次いで答えた。
「揺らめくものとは何ぞ」
「わかりませぬ。私には見えませぬ。炎に似て炎にあらぬものを、ただ感じるのみに御座います」
「よかろう」
青年はランプを下ろした。
「以後、神殿に僅かでも異なる気配があれば、ただちに我に報じるよう皆に申し伝えよ」
亡霊たちが闇に消え失せた後、彼は踵を返し、神殿の最上階に向かった。
そこは唯一屋根のない礼拝所であった。月と星の下で、巨大な水晶の群晶が、青年の背丈より遥か高く聳えていた。青年は
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ