ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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時をただ一人の家族と大切に分かちあう事ができずにいる状況を悟り、憐れんだ。
ヴェルーリヤは衣擦れの音を立てて歩み寄り、老婆の隣に立った。そして、横たわる老婆に腕を差し伸べて、そっと胸に抱いた。
彼は、老婆の体内に巣食う痛みを少しずつ薄めながら自分の体に流しこんだ。そうして、自分の体を通過させることで痛みを浄化し、後は大気の精に任せた。老婆の表情は次第に穏やかになっていった。全ての痛みを取り除いた後、老婆を元通りベッドに寝かせた。老婆の瞼が二、三度、痙攣するように動き、目を開けた。その目に宿る光が穏やかなものである事を確かめるや、ヴェルーリヤ何も告げず、あばらやを後にした。
彼は声なき声に導かれ、夜を縫い歩いた。
戦によって処刑された敵兵が埋めこまれた塀の中で、斬り落とされた足がすすり泣きを発していた。次にたどり着いたあばらやは、その足の持ち主の家であった。両足を失ったその男は、封筒を作る仕事で細々と食い繋いでいた。出歩く時は両腕で地を這うので、彼は常に砂埃にまみれていた。夜毎、彼のありもしない両足は激しく痛んだ。その幻肢痛の激しさに、彼は砂だらけの寝床の中で、歯を食いしばって涙を流していた。
月の光を遮って、ヴェルーリヤが板戸の隙間に立った時、その清冽な存在感に、男は一瞬、痛みを忘れた。
「痛むのか」
澄んだ声でヴェルーリヤは尋ね、男の、存在しない足を憐れんだ。
「痛むのだな」
そして、寝床の砂を払い、さも足が存在するかのように、両方のふくらはぎと、膝と、太ももの辺りを丁寧に撫でさすった。男ははじめ緊張して息を詰めていたが、不思議と痛みが取れていくにつれ、全身の力が抜け、悲しみや惨めさまでもが癒されていくのを感じた。
「待ってくれ」
ヴェルーリヤが立ち去ろうとする時、男はやっと声をあげた。
「何か――謝礼を――」
「よいのだ」
ヴェルーリヤは男の両手を包みこむように握って言った。
「我が命は、この為にある」
再び戸外に出た彼は、川沿いの、前の二軒よりは比較的しっかりした作りの家に吸い寄せられて行った。その家は、一階の表部分で商いをし、裏口では下働きの子供が泣いていた。入っていくと、小さな子供が女主人にひどくぶたれていた。ヴェルーリヤはその子の痛みを取り除き、落ち着かせた後、子供にひどい扱いをせぬよう女主人に頼んだ。
「私とて、好きでこうしているのではありません」
女主人は気まずそうに弁明した。
「私はこの子に無理のない程度に働かせ、必要なだけの食事は与えています。それでもこの子ときたら、何度言っても盗み食いをやめないのです」
女主人は、数年前から続く不作を訴え、訴えながら涙ぐんだ。彼女もまた飢えており、できる事なら下働きの子にも存分に食べさせてやりたいと願っている彼女の心中を汲み取った
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