ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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雫がしたたり落ち、ヴェルーリヤは群晶の間で生を享けた。
「願いを叶える」
それが、彼が人間の似姿を得て初めて聞いた言葉だった。
「望み通り、人間達のところに行くがよい」
威厳に満ち、低く響く、甘美な声であった。ヴェルーリヤは群晶に抱かれて瞼を開いた。真円に満ちた月の光がヴェルーリヤの眼球を焼いた。ヴェルーリヤは、目から流れ出て頬に伝う己の涙を感じた。得も言われぬ幸福感に心が満たされていた。彼は、生まれて初めて唇を開いた。
「感謝します、根と伏流の神よ」
月の光が肌に触れ、その活力が体に染み渡るまで、横たわったまま待った。十分な力が満ちると、水晶を伝い、床に下りた。
「裏の洞窟にお前の舟を、その先のジェナヴァの断崖にお前の家を用意した」
頭内に声が響いた。彼は神殿の構造をよく知っていた。迷わず、隠し通路を通って裏の洞窟に出た。果たして、洞窟に隠された船着き場に、一艘の小舟が浮かんでいた。
「ヴェルーリヤ。善き精霊よ、それがお前の名だ」
ヴェルーリヤは、黒くのたうつ海に櫂を差し入れ、一筋の月光の道をなぞって進んだ。間もなくジェナヴァの町の灯が、その先に見えてきた。彼の心は凪ぎ、ただあの町に行かねばならぬという静かな使命感に満ちていた。水や大気の精霊たちが、彼を祝福し、彼を微笑ませた。彼もまた、このような精霊たちの一つであったのだ。
ジェナヴァの砂浜は狭く、三方を崖に囲まれていた。崖をくり抜いて造られた、崩れかけた階段を上った先に、小さな家があった。ヴェルーリヤはその戸を開けた。隅にベッドが一台あるだけの家であった。月の光を食べて生きる彼に、それ以上の物は必要なかった。
ヴェルーリヤは家に背を向け、草に埋もれた石畳を辿ってジェナヴァの町へ歩いた。ルフマンの印の描かれた衣が、風にはためき音を立てた。
精神を研ぎ澄ませば、声にならざる苦痛の声が、耳に聞こえてきた。生と、老いと、病と、迫り来る死が無数の人々にもたらす苦痛である。
この為に生まれてきた。人々を痛みから救いたいと、神に願って生まれてきた。
町の外れの、貧しい区画にたどり着いた。ヴェルーリヤは心を無にし、感覚に導かれるまま歩き、小さなあばらやにたどり着いた。
あばらやには、中年の娘と老いた母が二人で暮らしていた。老いた母は体内の悪しき腫瘍がもたらす痛苦によって譫妄状態にあり、娘はそのうわ言に耳を傾けながら額の汗を拭いてやっていた。
娘は戸口に現れた侵入者に驚き、腰を浮かせ、その姿を凝視した。月の光を喜び、自ら光を放つような白い肌。冴えわたる星に似た、冷たくも柔和な瞳。紫がかった藍色の髪は、そのまま夜を映したようである。娘の直観は、眼前の青年が人ならざる者である事を告げた。
ヴェルーリヤは若くない母娘を見つめて、母親が病苦の為に、残された
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