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Lirica(リリカ)
ヴェルーリヤ――石相におけるジェナヴァ――
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骸骨の番兵を下がらせて、群晶の前に立った。水晶の中には煙が渦巻き、不思議な様相を見せていた。全身の皮膚がざわつき、とりわけ額が強く疼いた。青年は水晶の中の煙に意識を集中した。
「我が父、根と伏流の神ルフマンよ、今日こそ我が声にお応えくだされ」
 青年は縋るように言った。水晶の中の煙は大小の渦を巻くばかりで、何の変化もなかった。青年は待った。しかし煙の様相が変わりを見せず、また肌に触れる感触も、頭内(ずない)に囁く声もないと知るや、諦めて水晶の礼拝所を立ち去ろうした。
 すると、ある気配が、彼を呼び止めた。
「ヴェルーリヤ!」
 煙が割れ、水晶の中に老人の顔が大きく映し出された。老人は白銀の瞳で青年を見つめ、白銀の髭に覆われた口に意図のわからぬ笑みを浮かべていた。
「変わらず退屈をしておるようだな」
 青年・ヴェルーリヤは憎しみと苛立ちをこめた目で、水晶の中の顔を睨んだ。
「貴様など呼んでおらぬ。招かれざる亡霊よ、()く神殿から立ち去れ!」
「お前の神聖な領域で起きている事を知りたいのではないのかね?」
 挑発的な声に、ヴェルーリヤは唇を強く結んだ。
「相の領界が揺らいでおるな。木相で派手な戦が行われておる」
「ここ石相との領界に異変を来すほどの戦であるのか」
「木相で、偉大なる渉相術師が死んだ」
 声は応じた。
「その者の最後の術が行われた余波が及んだのだろう。波は大きなうねりへと育ちながら他の相へ広がりゆく。石相、木相といった単位の話では収まるまいな」
 ヴェルーリヤは眉間に皺を刻んで、言葉の意味を吟味した。
 相は人間に認知可能な現実の範囲であるが、相の上級単位として、階層が存在する。
「人間ごときの為した術が、階層単位の異変をもたらすと申すか」
「あまり人間を侮るでないぞ。お前が神聖かつ不変と信じておるこの神殿もその波を(こうむ)り、必ずや変化が訪れる」
「私は如何なる変化も許さぬ」
 ヴェルーリヤは老人の顔を一層きつく睨みつけた。
「神殿の静寂と平穏を乱す者は何人(なんぴと)であろうと許さぬ。私は父の名に懸けて神殿を守ろうぞ」
「父の名に懸けて、か」
 老人は嘲るように笑った。
「それで、どうするのだ、ヴェルーリヤ。永劫にこの神殿に閉じこもり、不変の夜の静寂に身を委ね、どうするというのだ?」
「黙れ」
「外界のうねりは大きいぞ。多くの人間が死ぬぞ?」
「黙れ!」
 ヴェルーリヤは耳を覆った。
「黙れ。私の知った事か。人間など、みな滅べばよいのだ!」
 老人は口から大きな嘲笑を放った。ヴェルーリヤが固く目を閉じ、耳を塞いでも、その声は容赦なく彼の鼓膜を打ち、心を打った。
 やがて、顔は煙の中に消えていった。ヴェルーリヤは群晶の前に跪き、力なく手で顔を覆った。

 ※

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